第5話
二人で廊下を歩く。
向かう先は食堂だった。
エリナが重厚な扉の前で立ち止まり、軽くノックしてから開ける。
「失礼いたします」
ラインハルトが中に入ると、長いテーブルにはすでに家族が揃っていた。
母、そして長男、長女、二女、三男。
父の席だけが空いている。
記憶が告げる──エーゼルヴァルト家の当主は、現在帝国北西部の前線で、隣国との小競り合いに従事している。
戦時中、ということだ。
母は優雅なドレスを纏い、銀色の髪を高く結い上げていた。
年齢は三十代半ばに見えるが、貴族の血筋らしい気品が漂う。
長男のアルフレートは十八歳そこそこ、軍服姿で厳つい顔立ち。
長女のソフィアは十六歳、優しげな笑みを浮かべている。
二女のマリアンヌは十四歳、好奇心に満ちた表情をしていた。
三男のルドルフは十歳、椅子に座っても足が床に届かない。
全員がラインハルトの入室に注目し、軽く会釈した。
ラインハルトは自分の席──次男の位置──に着いた。
すると母が、胸の前で両手を合わせた。
家族全員がそれに倣う。
ラインハルトも、自然と手を合わせた。
母が穏やかで、しかし荘厳な声で祈りを捧げた。
「今日もこうして家族が無事にこの食卓を囲み、互いの顔を見られる喜びを賜ったことを、心より感謝いたします。戦場にいる父上を、どうかお守りください。そしてこの帝国に、永遠の平和と栄光を」
静かな沈黙の後、家族全員が声を揃えた。
「ヴァルドリアに栄光あれ」
祈りが終わり、手を下ろす。
それから食事が始まった。
テーブルには温かなスープ、焼き立てのパン、果物、卵料理が並んでいる。
香ばしい匂いが食堂に満ちていた。
ラインハルトは、スープを口に運びながら、家族の様子を観察していた。
食事が始まって間もなく、長男のアルフレートがスープの匙を置き、ラインハルトをまっすぐに見据えた。
「バルデリック子爵の息子から連絡があった。学院でひと悶着あったようだな」
声は低く、軍人らしい抑揚を帯びている。
好奇心というより、事実を確認するような響きだった。
母が眉を寄せ、アルフレートをたしなめようと口を開きかけたが、ラインハルトは匙を置き、穏やかに答えた。
「後ろから氷の槍魔法を頚椎に受けました。意識を飛ばされるほどの威力で、もしかしたら死んでいたかもしれません」
食堂が静まり返った。
「まあ……!」
母が声を上げ、両手を口元に当てる。
「ひどい……!」
長女ソフィアが息を零して、視線を曇らせた。
二女のマリアンヌは目を丸くし、三男ルドルフは不安げにラインハルトを見上げている。
ラインハルトは続けた。
「ですので、魔法を行使し身を守りました。僕より重症な怪我はしていないと思います。ご心配をおかけして申し訳ありません」
母が息を整え、言った。
「モントフォール家からは『ユーリウスが重傷を負った』という抗議が来ていますけれど……」
アルフレートが鼻で笑った。
「初級魔法しか使えないことは知っているくせに、白々しい」
ラインハルトは皿に目を落としたまま、答えた。
「ユーリウスには当身、投げ、圧した程度です。大した威力はなかったかと」
アルフレートが怪訝そうに視線を鋭く絞り、ラインハルトをじっと見据える。
「喧嘩するほど……」
母が慌てて割って入った。
「……分かりました。この話はもうやめましょう」
誰も異を唱えなかった。
ラインハルトはそれ以上言葉を加えず、残りの食事を手早く済ませると、誰よりも先に席を立った。
「ラインハルト?」
母が驚いたように声をかける。
「宿題がまだ残っておりますので」
短く答え、軽く会釈して食堂を出て行く。
扉が閉まった後、アルフレートが声を潜めて言った。
「三人を同時に相手取ったって……そんな訳ないだろう?」
ソフィアが首を振った。
「囲まれていじめられたんだわ……ショックも受けるわよ」
母はスープを見つめたまま、静かに呼気を漏らした。
「無事だとよいのだけれど……」




