第47話
決闘から数日、学院生活が穏やかに戻りつつあった朝。
エーゼルヴァルト家の屋敷、自室でラインハルトはいつもの時間より少し早く目を覚ました。
ベッドから上体を起こし、昨日の庭園での出来事をぼんやりと思い返していた。
勢いよく扉が開き、エリナが息を切らして部屋に飛び込んできた。
「ラインハルト様! 大変です!」
髪が乱れ、普段の落ち着いた侍女らしからぬ慌てっぷりだ。
エリナは胸の前で両手を握りしめ、声を上ずらせながら続けた。
「第一皇子殿下が……お見えです!」
ラインハルトは、体を起こした。
「……またか」
昨日も突然訪れたばかりだ。
相変わらず先触れなしの行動は変わらない。
だが、エリナの様子がいつもと違うことに気づく。
手が小刻みに震えていた。
ラインハルトは尋ねた。
「何か問題が?」
エリナは一度息を呑み、声をさらに低く落とした。
「宰相閣下も……ご一緒に、いらしてるのです……!」
ラインハルトの動きが止まった。
「……なにっ!?」
神聖ヴァルドリア帝国の宰相──コンラート・フォン・ローエンハイム。
その名を聞くだけで、エーゼルヴァルト家の空気が凍りつくほどの人物だった。
武門の名門であるエーゼルヴァルト家と、文官の頂点に立つ宰相家ローエンハイム。
表向きは帝国の両輪として機能しているが、水面下では古くから争いの絶えない関係だった。
武門ゆえの軋轢といえば可愛いものだ。
領地の境界争い、軍事予算の配分、皇族への進言権。
父が北西部前線に赴いている今も、宰相はエーゼルヴァルト家の影響力を削ごうと暗躍している、という噂は絶えなかった。
そんな人物が、わざわざ第一皇子と共に、この屋敷を訪れた。
「何もないわけがない……か」
ラインハルトはベッドから立ち上がった。
エリナに向かって、いつもより低く、落ち着いた声で命じた。
「父上が不在だ。いつもより一層気を抜かない格好を頼む」
エリナは即座に姿勢を正し、深く頭を下げた。
「かしこまりました! すぐにご用意いたします!」
侍女は慣れた手つきで、格式の高い黒基調の礼装を選び始めた。
銀の留め具が輝く上着、細剣を差すためのベルト、胸元にエーゼルヴァルト家の紋章が刺繍されたマント。
鏡の前で襟を整えながら、ラインハルトは内心で舌打ちした。
(宰相がくるとなれば、殿下の護衛問題か……それとも、もっと厄介な話か)
握ればしっくりと手に馴染む感触が、心を落ち着かせた。
準備が整うと、エリナが扉を開けた。
(この世界でも参議を相手するとはな……どう打って出るか)
廊下を歩きながら、ラインハルトは息を整えた。
応接間の重厚な扉の前で、エリナが控えめに頭を下げた。
「こちらでございます」
扉が開かれる。




