第45話
翌朝、学院が珍しく休みだったこの日。
自室のベッドで、ラインハルトはいつもの時間にエリナの手で起こされた。
ベッドから体を起こし、侍女の慣れた手つきで着替えを済ませ、食堂へ向かう。
朝食のテーブルには母と兄弟姉妹がすでに揃っており、昨日の合同演習の話題で少し賑やかだった。
「ラインハルト、昨日も大変だったって聞いたわよ」
ソフィアがくすくす笑いながらスープを口に運ぶ。
アルフレートはパンにかぶりついた。
「いいじゃねーか。こいつも男らしくなったってことだ。もっと派手にやっていいぞ!」
母は温かな目元を細めながらも、心配げな表情を向けた。
「……体は大丈夫? 無理はしないでね」
ラインハルトは頷き、トーストをちぎりながら答えた。
「問題ありません」
食事が終わり、自室に戻ったラインハルトは机に向かった。
予習の教科書を開き、魔法理論のページをめくる。
だが、集中力が続かない。
指先で小さな炎を浮かべては消し、水の珠を転がしては眺め、風を微かに回しては止める。
──昨日の温室の記憶が、頭の隅から離れない。
柔らかな唇の感触。
ヴィオレットの小さな背中が温かかった。
「愛してるよ」と口にした自分の声。
炎を見つめながら、頰が熱を帯びるのを感じた。
「それにしても、いきなり告白とは急がすぎたと思わんか……。それに幼子に口吸いなど……。ここは別世界だが……しかしだな……あー、なぜ私は」
恋に翻弄される。
不思議な感覚だった。
そんな静かな時間を破るように、扉が勢いよくノックされた。
「坊ちゃま! 大変です!」
エリナが息を切らして入ってきた。
三つ編みが乱れ、普段の落ち着いた表情が珍しく慌てている。
ラインハルトは教科書を閉じ、尋ねた。
「……どうした」
エリナは両手を胸の前で握りしめ、声を上ずらせた。
「第一皇子殿下が……お、お見えです! 今、玄関で……!」
ラインハルトは表情を引き締めた。
「……先触れも無しにか」
(相変わらずだな、あの殿下は)
だが、すぐに立ち上がった。
「分かった。庭へ案内してくれ。外でお茶にしよう」
エリナがぱっと明るい顔になり、急ぎ足で先導する。
庭園の中央、噴水のそばに設けられた白いテーブル。
春の陽射しが柔らかく差し込み、水音が響いている。
ラインハルトが現れると、アレックスが片手を大きく振り上げた。
「よぉ、兄弟!」
ラインハルトは眉をひそめてため息をつく。
「……僕に王位継承権はないよ」
「ははっ、相変わらずだな!」
アレックスは腹を抱えて笑い、隣に座るヴィオレットが頭を下げた。
「突然の訪問、申し訳ありません……」
ラインハルトは視線を柔らかく細めていた。
「ヴィオレットまで来てくれたんだな。……嬉しいよ」
その一言に、ヴィオレットの頰がぱっと赤く染まった。
アレックスが得意げに胸を張る。
「喜ぶと思ってな! 連れてきてやったぞ!」
ラインハルトは少し離れた場所に注目した。
そこに、セレナが立っていた。
「……それに、セレナ先輩まで」
アレックスが笑った。
「それだ! 気になって仕方なかったから、こうして場を設けさせてもらったんだよ!」
「……気になってって、まったく」




