第40話
四階層の重厚な石門が、魔力の脈動とともに開いた。
セレナが先に一歩踏み出し、軽く振り返って柔らかな顔立ちを向けた。
「さあ、どうぞ。あなたが先に入って」
ラインハルトは無言で頷き、門をくぐった。
予想していた狭苦しい通路とは違い、内部は驚くほど広大な円形の空洞だった。
天井は遥か高く、淡い魔術灯が無数に浮かび、まるで星空のように光を散らす。
中央に鎮座するのは、巨大な石造の像。
足を抱えるように地面に座り、両腕を膝の上に置いた姿勢は、どこか瞑想する賢者のようでもあった。
高さは十メートルを超え、表面には古びた魔術文字がびっしりと刻まれている。
ラインハルトはそれを見上げ、独り言のように言った。
「……大仏のようだな」
セレナが、隣に並んだ。
「あれが四階層の守護者──『巨岩兵』。倒せば五階層への転移陣が現れるわ」
ラインハルトは細剣の柄に軽く手を置きながら、冷静に尋ねた。
「分かりました。ちなみに火魔法は使ってもいいのですか?」
セレナは目元を和らげた。
「洞窟病の話かしら? 地上とは違ってダンジョン特有の魔力循環があるわ。火魔法を使っても空気は汚れないの。そうじゃないと火属性が得意な子が可哀想でしょ?」
ラインハルトは自信に満ちた余裕の表情を浮かべた。
「そうですか、了解しました」
ラインハルトは杖を構えた。
「ファイア・ボール」
中規模の火球が、赤い軌跡を描いて巨岩兵の右足首に直撃する。
爆発。
石の表面が赤く熱されるが、すぐに魔術文字が光って修復を始める。
ラインハルトは表情を変えず、杖を振るう速度を上げた。
「ファイア・ボール」
「ファイア・ボール」
「ファイア・ボール」
「ファイア・ボール」
連打。
同じ箇所──右足首に、容赦なく中規模の火球を叩き込む。
熱が集中し、石の表面が桜色に染まる。
ひびが深くなり、修復が追いつかなくなっていく。
セレナが表情に好奇の色を浮かべた。
「……足を狙うの? 弱点は中心のコアよ?」
ラインハルトは短く答えた。
「弱点なんて、作ればいいんです」
さらに数発の火球を叩き込み、巨岩兵の足首が真っ赤に灼熱したのを確認すると、
魔法を切り替える。
「ウォーターボール」
巨大な水球が、灼熱した足首に直撃。
激しい蒸気爆発が起こり、白い霧が空洞を満たす。
石が急激な温度差で収縮し、深いひびが縦横に走った。
ラインハルトは心の中で決めた。
「さて仕上げだ」
霧の中、巨岩兵の足首が大きく亀裂しているのが見えた。
ラインハルトは杖を握り直し、魔力を集中させる。
「ロック・ショット」
親指大の岩弾を、最大限に尖らせて生成。
さらに風魔法で包み、音もなく加速させる。
尖った岩弾が、ひびの奥深くに正確に突き刺さり、楔となった。
「ロック・ショット」
今度は拳大の岩弾を、楔に向かって全力で叩き込む。
楔が決壊点となり、足首全体が粉々に砕け散った。
巨岩兵の巨体がバランスを崩し、右側に大きく傾く。
セレナが、初めて声を上げた。
「え……? なぜ、あんな……?」
ラインハルトは答えた。
「熱して冷やせば、石は脆くなります。楔を打ち込めば、どんな巨岩も割れる。当然のことです。巨岩兵相手でもできるとは思いませんでしたが」
巨岩兵が咆哮のような地鳴りを上げ、左腕を振り下ろしてきた。
ラインハルトは風で跳躍し、空中で体勢を整える。
着地と同時に、同じ手順を左足へ。
火魔法の連打、水魔法で急冷、尖ったロック・ショットで楔、大岩弾で破壊。
左足も粉砕。
巨岩兵は両膝を失い、地面に崩れ落ちた。
上半身だけで這うように動き、両腕を振り回して攻撃を続ける。
ラインハルトは距離を取って観察し、
今度は両腕を狙う。
火、水、楔、破壊。
右腕が砕け、左腕が砕け。
巨岩兵は両腕を失い、胴体だけで地面に横たわるだけになった。
セレナが、息を呑んで見つめていた。
「凄いわね……本来上級生と波状攻撃を仕掛けて倒す設定になっているはずなのに」
ラインハルトは最後に、巨岩兵の胴体中央──魔術石が埋め込まれた胸部を見据えた。
残った胴体はまだ微かに動き、魔術文字が必死に修復を試みている。
ラインハルトは右手を握り締め、魔力を集中させた。
水の膜が張られ、内部で風の刃が高速回転を始める。
岩弾を仕込み、最大サイズまで凝縮。
そして、火球を一点に灯す。
「種子島」
最大出力。
パァアアアアン!!
雷鳴のような爆発音が空洞全体を震わせた。
水膜内の蒸気爆発が岩弾を推進し、超高速の石礫が一直線に胸部の魔術石を貫いた。
魔術石が粉々に砕け散り、巨岩兵の全身が崩壊を始め、石の破片となって地面に散った。
空洞に音が途絶えた。
空洞中央に、青白い転移陣が浮かび上がった。
ラインハルトは杖を下ろし、長く息を吐いた。
「……これで五階層か」
セレナが、呆然としたまま近づいてきた。
「……あなた、本当に何者なの?」
ラインハルトはかすかな嘲りを唇に湛え、転移陣の方へ歩き始めた。
「ただの一年生ですよ」
セレナは言葉を失い、それから後を追った。
「ふふ……ますます、虜になっちゃうわ」
二人の影が、転移陣の光に飲み込まれていく。




