第37話
二階層は一階層と大きく変わらない石造りの通路だったが、通路がやや狭くなり、天井が低くなった。
空気は湿気を帯び、遠くから獣の匂いと、かすかな遠吠えが響いてくる。
セレナが口を開く。
「この階層ではゴブリンとは違い、狼の──」
言い終わる前に、ラインハルトが突然走り出した。
「……あいつ、なんなのよもう」
慌てて後を追うと、通路の先で既に戦闘が始まっていた。
灰色の魔狼が五匹、牙を剥いて飛びかかっている。
ラインハルトは土魔法で地面から砂塵を巻き上げ、風魔法でそれを狼の顔面に叩きつける。
視界を奪われた狼たちが混乱する隙に、素早く間合いを詰めた。
まず一匹の頭上に水魔法で透明な水膜を固定し、雷魔法を流し込む。
青白い閃光が走り、魔狼が炭化して倒れる。
だが、残りの一匹がよろめきながら迫ってきたところを、ラインハルトはわざと受け止めた。
拳を固く握り、狼の胴に真正面から叩き込む。
鈍い手応え。
骨が軋み、筋肉が潰れる感触が掌に伝わる。
「……犬と変わらんな」
狼がよろめく隙に、残りの個体も同じ手順で仕留める。
水膜を固定し、雷を流し込む。
全く同じ手順を、圧倒的な速度で繰り返す。
五匹全てが、十数秒で息絶えていた。
セレナは立ち尽くしたまま、静かに言葉を落とした。
「……あなたの魔力、戦っている最中も一切乱れないわね。まるで楽しんでいるみたい」
彼女の声には、驚嘆と、わずかな警戒が混じっていた。
魔法を『殺すため』にだけ使ってる……そんな生徒、初めて見たわ。
ラインハルトは死体を確認した。
「もうここも用はなさそうです。階段を見つけたら降りましょうか」
セレナは笑った。
「はいはーい」
二人は再び通路を進み始めた。
セレナが、ふと口を開いた。
「あの子とは、うまくいってるの?」
ラインハルトは足を止めず、答えた。
「あなたに関係ありますか?」
セレナは、肩を軽くすぼめて。
「せっかく二人きりなんだから、雑談くらいいいじゃない? 取って食おうって訳じゃないんだから」
ラインハルトは、前を向いたまま淡々と答えた。
「……よい友に恵まれています」
「第一皇子ね」
「……はい。彼にデートの仕方を教わりました」
セレナの唇が、妖しく弧を描いた。
「ふふ……そうみたいね」
ラインハルトは少し間を置いて、続けた。
「しかし、あなたの言っていた通り……僕は恋愛経験が浅い。愛だの恋だのより、知識と経験の方が勝っていると感じてはいます」
セレナは歩調を合わせながら、優しく──しかしどこか甘く──囁くように言った。
「それでいいのよ」
ラインハルトはちらりと彼女を見やり、尋ねた。
「……何かアドバイスはあるでしょうか」
セレナは足を止め、満足げな表情を浮かべた。
「簡単よ。彼女から目を離さなければいいの」
「それだけ?」
セレナは近づき、ラインハルトの横顔を覗き込むようにして言った。
「あなたはただでさえ学院で特異な存在。その周りの人間も……好奇な目に晒されるのは当然じゃない? 可哀想なことも、起きるかもしれないわよ?」
その言葉に、ラインハルトの眉が動いた。
「……それって」
セレナはすっと後ろを指さした。
振り返ると、そこに二階層から三階層へ続く階段があった。
セレナは口元を緩めて、軽やかな声で言った。
「次の階に行きましょうか」
ラインハルトは言葉を探すように横を向いたが、結局何も言わず、階段へと足を向けた。
セレナはその背中を追いかけた。




