第34話
外出禁止措置が敷かれた、まさに次の日の朝だった。
学院は異様な熱気に包まれていた。
学院長名で突如告知された「全学年合同実戦演習」。
一年生から四年生までが混在し、上級生の視線が好奇と警戒を孕んで下級生たちを舐めるように這う。
観客席の上段、監視と周辺警護に回された五年生・六年生たちは、腕を組んで冷ややかに見下ろしていた。
「下級生どもがどれだけやれるか、見ものだな」
「ま、すぐに泣き出すのが関の山だろうよ」
「おい、気を抜くなよ。暗殺未遂も出ているんだ」
そんな囁きが、風に乗って下の演習場に届く。
誰もが背筋に冷たいものを感じながら、配置についていく。
ペアリングは基本的にランダム抽選。
だが、学年ごとの基礎学力格差を考慮した「高みを目指すための暗黙のシステム」が存在することも、誰もが知っていた。
上級生が「学びたい相手」を指名すれば、学院はそれを黙認する。
実力者の周辺には、自然と指名が殺到する。
ラインハルトが演習場に足を踏み入れた途端、空気が変わった。
低学年たちは遠巻きに敬意を込めた注目を送った。
「あれがラインハルトだろ……ゲオルク先輩をボコったってヤツ」
「一年生なのに、もう指名が十件超えてるって話だぜ……」
上級生たちは興味深げに値踏みする。
「どうする? お前もあいつに指名してみるか?」
「俺はパス。英知の四人が動くって噂だぞ……」
そんな囁きが、あちこちから漏れ聞こえてきた。
ラインハルトは中央付近に立ち、抽選ボードを眺めた。
名前が次々と表示されていく。
自分の名前が浮かび上がるその時、周囲のざわめきが一気に高まった。
【ラインハルト・フォン・エーゼルヴァルトはセレナ・フォン・クロイツィンガーをペアとする】
演習場の空気が張り詰めた。
銀髪の女性が、歩み寄ってくる。
「また逢えたわね、ラインハルト」
セレナはすぐ横に立ち、まるで当然のように並んだ。
ラインハルトは向き直った。
「……そちらが呼んだのでは?」
セレナは、指先で髪を耳にかける仕草を見せた。
「あら、つれないわね。ずいぶん可愛らしいデートをしていたと思ったのだけれど」
その一言に、ラインハルトの眉が動いた。
「いつから見ていたんですか?」
セレナは首を傾げ、目を細めた。
「さぁ……いつからかしらね」
彼女は一歩近づき、声を低く落とした。
ラインハルトにしか聞こえない距離で。
「今日は楽しみましょう?」
演習場の喧騒が遠のく。
ヴィオレットが遠くでこちらを見ているのが分かった。
セレナはそれを確認するようにちらりと視線を向けて──ニヤリと笑った。
次の瞬間、セレナがラインハルトの胸元に手を置き、顔を近づけてきた。
距離がゼロになる寸前で、彼女は唇をラインハルトの耳たぶスレスレに寄せ、小さく囁いた。
「どっちでもいいわ。──あなたと組めるなら」
遠くから見れば、完全にキスしているように見える角度だった。
ヴィオレットの顔が一瞬で真っ青になるのが、ラインハルトの視界の端に映った。
セレナは満足げに離れると、ヴィオレットの方に軽くウインクした。
ラインハルトはセレナを突き放す。
「……先輩、近付く理由はなかったのでは?」
セレナはくすくす笑いながら、
「あらあら、初心ねぇ」
その時、学院長の杖が高く掲げられた。
「全ペア、配置につけ! 合同実戦演習、間もなく開始する!」
学院長の杖が高く掲げられると、場内に設置された巨大な魔法陣が淡く輝き始めた。
青白い光の渦が渦巻き、参加する全ペアを順番に飲み込んでいく。
転移魔法──帝国が管理する訓練用ダンジョン『ヴァルドリア地下遺跡』への入口だ。
ラインハルトとセレナは、並んで魔法陣の中央に立っていた。
セレナは銀髪を軽く揺らし、柔らかな表情を保ったままラインハルトの横顔を窺っている。
「ふふ……緊張してる?」
ラインハルトは首を振った。
「いえ。初めての場所だというだけです」
セレナは、指先で虚空をなぞるように魔力を巡らせた。
「この合同演習、内容はもう聞いたわよね。各ペアでダンジョンに潜って、五階層の奥に設置された光玉を持って帰ってくるまでが課題よ。制限時間は日没まで」
彼女は一歩近づき、声を少し低く落とした。
「それと……このダンジョンには、ダンジョンモンスターと言われる特別な魔物が出現するわ。地上では見ないタイプで、魔力に反応して襲ってくるの。討伐した数で個別に成績が付けられるわ」
「強力のですか?」
「ええ。普通の生徒なら、一階層のゴブリン群でも苦戦するわ。油断しないようにね」
言葉が終わった直後だった。




