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武蔵転生 ~最強剣豪は異世界でも無双する~  作者: 川合 佑樹


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第33話

 学院の裏手にある温室は、普段は生徒の立ち入りが少ない、静かな場所だった。


 ガラス張りの天井から柔らかな陽光が差し込み、色とりどりの花々が咲き乱れている。


 空気は甘く湿り、土と花の香りが満ちていた。


 二人は並んで歩き、温室の奥のベンチに腰を下ろした。


 エリナに頼んでおいたスイーツの籠が、そっと置かれている。


 マカロンと小さなケーキ、紅茶のポット。


 ヴィオレットは籠に目を落とした瞬間、ぱっと瞳を輝かせた。


「わぁ……! マカロン! それに、こんなに可愛いケーキまで……!」


 思わず両手を胸の前で組み、身を乗り出すようにして籠を覗き込む。


 ヴィオレットは周囲を見回した。


「こんなところで……いいんですか?」


 ラインハルトは頷き、籠からマカロンを一つ取り出して差し出した。


「ローズ風味だ。君に似合うと思って」


 ヴィオレットがぱっと顔を赤くする。


「私、大好きなんです。ありがとう、ございます……!」


 両手で丁寧に受け取り、まるで宝物のように大事そうに眺めてから、口に運んだ。


 満足げに瞼を半分下ろし、小さく身をくねらせる。


「なんだか優しい味が……します」


 ラインハルトは少し間を置いて、温室の花々を指さした。


「この花は、君の髪の色に似ているな」


 黒い花弁に紫のグラデーションがかかった、珍しい品種だった。


 ヴィオレットは瞬きを繰り返し、頰を両手で押さえた。


「……そんな風に言われたの、初めてです」


 ヴィオレットはマカロンを頰張りながら、ふと紅茶のカップを置いた。


「ラインハルト様……私、こんなに幸せな時間、初めてです」


 小さな声で、でもはっきりと。


「学院に来たばかりの頃は、毎日が怖くて……誰も隣に座ってくれなくて……」


 視線を伏せ、指先でカップの縁をなぞる。


 ラインハルトは彼女を見つめた。


「……僕もだ」


 ヴィオレットが驚いたように顔を上げる。


「え……?」


「初めて誰かとこうしてゆっくり話せている。……君のおかげだ」


 少し照れくさそうに横を向きながら、続ける。


「だから、もっと君を知りたい。好きなもの、嫌いなもの、夢……全部」


 ヴィオレットの瞳が潤み、頰がさらに赤くなった。


「私……土属性の魔法が得意で、いつか大きな庭園を作りたいんです。花がいっぱいで、みんなが笑顔になれるような……」


 恥ずかしそうに笑いながら、でも楽しそうに語る。


 ラインハルトは自然と笑みを返した。


「なら、いつか一緒に作ろう」


「はい!」


 少しの沈黙の後、ヴィオレットがぽつりと口にした。


「……ラインハルト様が現れてから、世界が変わったみたいです」


 ラインハルトは彼女を見つめた。


 自然と、二人の手がベンチの上で触れ合った。


「僕が変えたわけじゃない。人は自分で変わっていくんだ」


 ヴィオレットは少し驚いたように顔を上げた。


 そして、そっと、ぎゅっと、その手を握った。


「私、ラインハルト様の隣に立てるように、もっと頑張ります!」


 ラインハルトは穏やかに表情を和らげた。


「それでいい。一つの目標へ努力し続ける、己の力を信じることが大事だ。長い時間をかけていい。そうすれば勝手に強くなっていく」


 ヴィオレットがくすりと笑った。


「ラインハルト様って……たまに古風なこと仰るの……好きです」


 ラインハルトは言葉に詰まった。


「……そう……ありがとう」


 頰が熱を帯びるのを感じながら、彼は控えめに立ち上がり、エリナに合図を送った。


 エリナが近づき、リボンで結ばれた花束を差し出す。


 ラインハルトはそれを受け取り、ヴィオレットに向き直った。


「本当は街で渡したかったのだが、受け取ってくれるか?」


 花束は、温室の花々を摘んで作られたものだった。


 白い百合と紫の薔薇、ヴィオレットの瞳と同じ色合いの小花が散りばめられている。


 ヴィオレットは目を丸くし、両手を口に当てた。


「え……これ、私に……?」


 涙がぽろりと零れる。


「こんなに綺麗な花束……初めて……」


 彼女は感極まったように──一歩踏み出し、ラインハルトに抱きついた。


「ラインハルト様……!」


 柔らかな感触と、甘い花の香り。


 ラインハルトの体が、初めて硬直した。


「っ……!」


 顔が赤くなり、手が宙を彷徨う。


(な、何を……!?)


 生涯でこんな経験はなかった。


 初めてあわあわと混乱する。


 ヴィオレットは顔を上げ、涙を浮かべながら優しい目元を細めた。


「ありがとうございます……本当に、嬉しいです」


 ラインハルトはなんとか息を整え、ぎこちなく彼女の背に手を回した。


「……僕もだ」


 温室の陽光が、二人の影を優しく重ねていた。



 その様子を、温室の外、木陰から見つめる人影があった。


 セレナは、頰を軽く押さえた。


「あらあら、可愛らしいじゃない。なんだか焼けちゃう」


 甘く、危険な響きを帯びた声は、風に溶けて消えていった。


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