第32話
第一皇子暗殺未遂事件から一夜明けた朝。
ホームルームの教室は、いつもと明らかに違うざわめきに包まれていた。
「おい、昨日の事件聞いたか?」
「第一皇子殿下が狙われたって……」
「それってヤバくね……」
「第二皇子派の仕業だって噂もあるけど」
生徒たちは席に着きながらも、声を潜めたり興奮したり、互いに耳打ちを繰り返していた。
その時、教室の扉が静かに開いた。
学院長が最前列にゆっくりと歩み寄り、教壇に立つ。
ざわめきが一瞬で収まり、教室が水を打ったように静まり返った。
学院長は厳粛な表情で、ゆっくりと口を開いた。
「諸君に通達する。昨夜、王立学院近辺にて不審な魔力反応が観測された。安全を鑑み、当面の間学院関係者の外出を一切禁止とする。馬車での登下校も護衛付きのみ許可。違反者は厳罰に処す」
今度は、静寂の後に一気にざわつきが爆発した。
「え、マジかよ……!」
「街に出られないってこと?」
「それっていつまで……?」
生徒たちの囁きが波のように広がる中、アレックスは再び肩を落とした。
彼はちらりとラインハルトを見て、申し訳なさそうに横を向いた。
ラインハルトはそれを受け止め、ただ首を振っただけだった。
休み時間。
廊下の隅で、アレックスがラインハルトを呼び止めた。
「すまん、本当に。せっかくお前に春が来たと思ったのに……」
声は低く、いつもの明るさが影を潜めている。
ラインハルトは首を振った。
「外出など、ただの手段に過ぎない。僕のやり方でやってみるよ」
アレックスが目を丸くする。
「え、マジで!? どうすんの!?」
ラインハルトは答えず、ただ意味ありげに口元を緩めただけだった。
昼休みのチャイムが鳴り終わると、教室はいつものようにざわめきに包まれた。
ラインハルトは席を立ち、ヴィオレットの隣まで歩み寄った。
彼女は教科書を片付けながら、ちらりとこちらを見て、すぐに視線を伏せる。
その仕草に、ラインハルトは胸の奥が少し熱くなるのを感じた。
「ヴィオレット」
名前を呼ぶと、彼女はびくっと肩を震わせて顔を上げた。
「は、はい……! ラインハルト様、どうなさいましたか?」
ラインハルトは軽く咳払いをして、できるだけ自然に──アレックスに教わった通りに──口を開いた。
「少し、話したいことがある。……学院の裏手の温室なら、静かで人目も少ない。一緒に行かないか?」
ヴィオレットの頰が、ぱっと赤く染まった。
「温室……ですか? わ、私と、二人で……?」
声が上ずり、教科書を抱える手がぎゅっと強張る。
周囲の生徒たちが、ちらちらとこちらを見ているのが分かった。
アレックスは遠くの席から、にやにやしながら親指を立てている。
ラインハルトはそれを無視して、静かに続けた。
「スイーツも用意してある。……君の好きな、ローズ風味のマカロンも」
ヴィオレットは瞬きを繰り返し、瞳を揺らした。
やがて、小さく、でもはっきりと頷いた。
「……はい。喜んで」
二人は並んで教室を出た。
廊下を歩きながら、ヴィオレットがそっと袖を引く。
「ラインハルト様……今日は、どうされたんですか?」
「……ただ、君とゆっくり話したかっただけだ」




