第27話
王立ヴァルドリア魔法学院の正門。
ラインハルトはヴィオレットを馬車まで送り届け、軽く会釈して別れた。
ラインハルトは自身の馬車を探すが、いつもの場所にエーゼルヴァルト家の紋章を掲げた車体は見当たらない。
エリナが迎えにくるはずだが、何か手違いがあったのだろう。
ため息をつき、歩いて帰るかと踵を返しかけたその時──背後から声が響いた。
「素晴らしい決闘だったわ、ラインハルト・フォン・エーゼルヴァルト」
ラインハルトは振り返る。
夕陽を浴びて、長い銀髪が炎のように揺れる女性が立っていた。
端正な顔立ちに、穏やかな表情が浮かんでいた。
「……失礼ですが、あなたは?」
「あら、そうよね」
女性は笑い、一歩近づいた。
ラインハルトの体内を流れる魔力がざわめいた。
まるで誰かに『読まれている』ような、奇妙な感覚。
指先がぴりりと痺れ、胸の奥で警鐘が鳴る。
「私はセレナ・フォン・クロイツィンガー。三年生よ」
彼女は軽くスカートの裾を摘んで会釈した。
「上級生相手にあそこまでやれるなんて、初めて見たわ。あなたの虜になっちゃった」
ラインハルトは眉を動かした。
「恐縮です。それで、何か用でしょうか?」
セレナは目を細めて近づいてきた。
「用……そうね。今度、私とデートして下さらない?」
「……心に決めた相手がおりますので」
「あら……そう。そうよね。略奪したくなるほどに愛しているんだものね」
セレナは、首を傾げた。
「でも、本当かしら?」
「というと?」
セレナはもう一歩近づき、ラインハルトをまっすぐに見つめた。
その視線に、魔力が再びざわめく。
「あなたの魔力が教えてくれているわ。とても濃密に」
彼女は指先を軽く翳し、虚空をなぞるように動かした。
「ヴィオレット・フォン・シュヴァルツへの想い……まだ、熱くは燃えていない。優しく、穏やかで、でもどこか遠い。まるで、作り物の恋のように」
ラインハルトは息を止めた。
「……そう、ですか。ですが、僕の気持ちは変わりません」
セレナは肩をすくめて、満足げな顔つきになった。
「……そう。でも、期待して待っているわ。私なら、あなたの願い何でも聞いてあげるわよ? そう、な・ん・で・も」
その時、遠くから慌てた声が響いた。
「ラインハルト様ーっ!」
エリナが息を切らして走ってくる。
馬車の遅れを謝りながら、必死に手を振っている。
セレナはちらりとエリナを見て、ラインハルトにだけ聞こえる声で囁いた。
「あなたが手を出し、奪った相手が、どれだけの勢力の目に留まっているか……今一度、考えてみるといいわ」
そう言い残し、セレナは踵を返した。
振り返ることなく、歩き去っていく。
背中越しに、甘く危険な香りが残った。
ラインハルトはそれを見送り、静かに胸の空気を吐き出し。
「……どの世にも、ああいう手合いは居るもんだな」
エリナに促され、ようやく馬車に乗り込む。
馬車はエーゼルヴァルト家の屋敷へと進んでいった。




