第17話
屋敷に戻ったラインハルトは、いつものように食堂で家族と夕食を取っていた。
燭台の灯りが銀器を照らし、温かなスープの香りが漂う。
家族全員が揃い、父の空席だけが物語る戦場の遠さを思わせる。
食事が進む中、母がナイフとフォークを置いた。
顔に珍しく強い影が差している。
「ラインハルト。何か母に言うことはありませんか?」
皆の視線が、一斉にラインハルトに集まった。
長男アルフレート、長女ソフィア、二女マリアンヌ、三男ルドルフ。
誰も口を開かなかった。
燭台の火が揺れる。
ラインハルトはスープの匙を置き、穏やかに答えた。
「……この鳥焼きは、非常に美味です?」
母の眉が、ぴくりと動いた。
「……そうじゃないでしょう」
アルフレートが重く息を詰めて、ラインハルトをまっすぐ見据える。
「ラインハルト……お前、本当にどうしたんだ? 急に他家のご令嬢に手を出すなんて」
母が首を振った。
「我が家始まって以来の大失態よ……。お父様に、どうお伝えしたらいいのか」
ラインハルトは匙を置き、答えた。
「まだ、手は出していません」
ソフィアが、珍しく声を尖らせた。
「ラインハルト・フォン・エーゼルヴァルト。あなたがやっていることは、貴族社会では大問題なのよ。私にもお兄様にも、もう話は来ている。それに、第二皇子派閥の──」
「すべて承知の上です」
ラインハルトの返事に、テーブルが沈黙した。
アルフレートが、軍人らしい低い声で尋ねる。
「……そこまで惹かれる女性なのか?」
母がたしなめた。
「アルフレート」
ラインハルトは、頷いた。
「とてもよい女性です。僕には余るほどに」
そして、静かに表情を鋭くして付け加えた。
「彼女は弱さを隠さない。それでいて、芯が強い。僕が見てきた中で、もっとも美しい強さだ」
母が、息を呑むように言葉を失った。
「……ラインハルト」
アルフレートが苦笑を漏らす。
「でも、もう決闘するしかないんだろ」
ソフィアがため息をついた。
「……やるからには負けるんじゃないわよ。……でも、相手はあのゲオルクだものね」
アルフレートが頷く。
「ゲオルクといえば、氷魔法のエキスパートだったよな」
「ええ。以前見たことがあるけど、上級魔法まで使えると聞いたわ」
「付与している能力までは分からねえが……ラインハルト、勝てるのか?」
ラインハルトは、穏やかな表情を浮かべた。
「勝てない勝負はしない。それを、昔から決めているので」
アルフレートが、ふっと笑って立ち上がり、ラインハルトの頭を軽くポコッと叩いた。
「生意気言うな」
母は、しばらく息子を見つめていた。
怒りも心配も、どこか諦めと懐かしさに変わっていく。
やがて、笑みを浮かべて優しく言葉を添えた。
「……あなたはお父様にそっくりね」
テーブルに、ほんの少しだけ柔らかな空気が戻った。
ラインハルトは無言で頷き、再び鳥焼きに手を伸ばした。
決闘の日は、すぐそこまで迫っていた。




