第10話
訓練場に、周囲のざわめきがぴたりと消えた。
誰もが息を呑み、注目をラインハルトに集めている。
ラインハルトは右手を握り締めた。
少年の魔力が掌へと集まる。
「ウォーター・ボール」
拳全体を、透明な水の膜が包み込む。
手のひらの中で、水が渦を巻き、密閉された空間を作る。
「ウィンド・カッター」
水の膜の内側で、鋭い風の刃が生まれる。
それは暴れようとするが、水の膜が抑え込み、拳の内で高速に回転し始める。
風が水を撹拌し、内部の圧力が徐々に高まっていく。
「ロック・ショット」
小さな石粒が、拳の中心に凝縮して現れる。
親指大の岩の弾丸。
それが風の回転に巻き込まれ、内部で反射させて、加速させる。
拳全体が、微かに熱を帯び始めた。
「ファイア・ボール」
ラインハルトは拳の人差し指と親指で小さな輪を作り、それを的に向けた。
小さな炎が生まれる。
それは水の膜に触れ、蒸発を促す。
内部の圧力が限界に達する。
ラインハルトの唇が、薄く弧を描いた。
「……そおれ、種子島じゃ」
周囲の空気が張り詰めた中で、その言葉がぽつりと落ちた。
パァアアアアン!
爆発音が訓練場に轟いた。
拳の中で水が蒸発し、膨張した蒸気と風の圧力が石粒を推進する。
超高速化した石礫が、銃弾のように一直線に飛び出した。
少年の体には、予想以上の反動が来た。
肩が軋み、細い腕が後ろに弾かれる。
「この体では、ちとキツいか……」
石礫は木製の標的を粉微塵に砕き、鉄板の盾に深い穴を穿って、遠くの魔力結界の球体を弾き飛ばして地面に叩きつけた。
爆風が放射状に広がり、石畳に小さな亀裂を走らせる。
焦げ臭い煙と土埃が舞い上がり、訓練場全体に衝撃波が伝わった。
周囲の生徒たちの髪がなびき、制服の裾が翻る。
最初は、凍りついたように息が詰まった。
次に、誰かの小さな声。
「……え……?」
それが引き金になった。
訓練場が、どよめきに包まれた。
「な、何だあれ……!?」
「初級魔法で……あんな威力!?」
「標的が粉々じゃねえか!」
女生徒たちは目を丸くし、男子生徒たちは興奮して拳を握りしめていた。
ユーリウスは、包帯の腕をぎゅっと握り、顔を真っ青に染めていた。
唇を震わせ、言葉が出ない。
昨日、自分があんな目に遭わされた理由が、今初めて理解できたかのように。
アレックスは目を輝かせて興奮気味に言った。
「すげえ……! おい、ラインハルト! あれ、どうやったんだよ!?」
講師の老魔術師は、初めて動揺を隠せなかった。
白い髭を震わせ、標的の残骸を見つめる。
やがて、信じられない様子で言葉を漏らした。
「……初級魔法の並列制御で、属性の相互作用を促せば……じゃが……、そんな」
老魔術師の視線が、ラインハルトに向けられる。
そこには、驚嘆と、わずかな畏怖が混じっていた。
ラインハルトは拳を開き、残る煙を払った。
肩の軋みが引いていくのを感じながら、静かに唇を曲げた。
「まだ粗削りだが……」
ラインハルトは訓練場の空気が、完全に変わっているのを認める。
「十分な手応えだ」
『初級しか使えないクズ』だった少年の姿は、もうどこにもなかった。




