第8話 嵐の前の静けさと、虚構の平穏
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「海岸線には幾重にも塹壕が掘り巡らされ、有刺鉄線が視界を埋め尽くす。要所には毎分数百発の徹甲弾を吐き出す連射式魔導機関砲が隙間なく据えられ、死角は完全に潰されている」。敵軍は、これを精神論だけで攻略しようと攻めてくる。その結果や、果たして?
圧倒的な陣地設営と『完璧な防衛計画』を、お楽しみいただけますと幸いです!
「第2警戒区域、異常なし。哨戒班、交代完了しました」
受話器の向こうから届く報告に、レオン少佐は「ご苦労」とだけ返して受話器を置いた。
『極光騎士団』が一千の命を霧散させてから一週間。
黒竜島は不気味なほどの静寂に包まれていた。海はどこまでも青く、吹き抜ける風には焦げた匂いすら残っていない。帝国軍が築き上げた重厚なコンクリート陣地だけが、無機質に太陽の光を跳ね返している。
「少佐閣下。本部から追加の弾薬と、新型の魔導探知機が届きました。ついでに……帝都の新聞も」
カール曹長が、刷り上がったばかりの東方日報を机に広げた。
紙面の一面には、踊るような大文字でこう見出しが躍っている。
『連戦連勝! 我が誇り高き帝国軍、黒竜島にて敵精鋭を撃滅!』
『野蛮なる聖イグニス王国、壊滅は時間の問題か』
「相変わらず、景気のいいことで」
カールは吐き捨てるように呟き、新聞の隅に印刷された記事を指で突いた。
「この記事を書いた記者様は、コンクリートにへばりついた肉片を削り落とす作業の大変さを知らないんでしょうね。田舎の村じゃ、豚を捌くのだって命への敬意を払うってのに……」
「見たいものしか見ないのが人間だ、カール曹長」
レオンは固定具に固定された右脚を軽く叩いた。
激痛はすでに鈍い痺れへと変わっていたが、それがかえって身体の崩壊が近いことを告げているようだった。
「帝都の市民が欲しいのは『自国の正義と勝利』という娯楽だ。泥と血にまみれた戦場の現実ではない。だからこそ、イグナシオのような男が生まれる」
レオンは手元に置いたペンを取り、いつものように本国の彼女への手紙に目を落とした。
『――街が勝利の歓喜に湧いていると聞き、胸が痛みます。
彼らは勝つことが当然だと思い始めている。ですが、戦いにおいて「当然の勝利」など存在しません。
あるのは、徹底された準備と、冷酷な計算、そして引き換えに失われた無数の命だけです。
敵の王国は、次の兵を差し向けてくるでしょう。そして我が国もまた、それを効率よく処理するための弾薬を送り込んでくる。
この終わりのない生産と消費の輪の中に、私はいつまで正気を保っていられるでしょうか――』
手紙を書き終え、印章を捺した時、通信室の扉が勢いよく開いた。
「少佐閣下! 東方海域、高度五千に多数の魔導反応を感知! 敵の第二波と思われる大艦隊が接近中です!」
若い通信兵の悲鳴のような報告。
レオンは表情ひとつ変えず、静かに立ち上がった。鋼鉄の装具が、冷たい音を立てて軋む。
「動じるな。我々のやることは変わらない。全砲台に迎撃準備を命じろ」
「了解!」
通信兵が飛び出していくのを見送り、レオンはカール曹長と視線を交わした。
「……また、嵐が来るな」
「ええ。ですが少佐、今度の連中も……きっとあのイグナシオと同じ目をして突っ込んでくるんでしょうね」
カールは寂しげに笑い、銃の安全装置を解除した。
自分たちは、試されているのだ。
圧倒的な火力の前に、精神論で身を投げてくる狂信者たち。
その「突撃」の裏に、いったいどれほどの狂気と、悲劇が隠されていたのかを――帝国軍の面々はこの時まだ、何も知らなかった。
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【作者より】
第9話を、7/25 14:00 投稿予定です。よろしくお願いいたします。
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次回予告(第9話 敵(王国)側視点編)
次回からは視点を転換し、聖イグニス王国側の内部事情を描きます。
なぜイグナシオ将軍は、勝算のない「一千の突撃」を行わねばならなかったのか?
王国の中央で渦巻く政治的思惑、宗教的狂熱、そして遺された兵士たちの葛藤に迫ります。




