第3話 キルゾーンと、溶けて消える光
「敵部隊、最終境界線を突破! キルゾーンに入ります!」
前線観測員の引きつった声が、魔導通信機を通じて指揮所に響きわたる。
戦況モニターの立体映像の中、一千の赤く光る点が、帝国軍が計算し尽くした「殺傷地帯」へと足を踏み入れるのが見えた。
高さ三メートルのコンクリート障壁、張り巡らされた有刺鉄線の網、そしてその背後に配置された数十機の連射式魔導機関砲。それらすべてが十字砲火を浴びせられるよう、数ミリ単位で照準が固定された死の領域だ。
「……照射、始め」
レオン少佐の冷徹な号令と同時に、暗闇の島が昼間のような閃光に包まれた。
『ガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!』
耳を刺す重低音。連射砲が一斉に火を吹き、徹甲魔導弾の雨が夜空を赤く染め上げる。毎秒数十発の鉄と魔力の塊が、一直線に進軍してくる騎士たちの集団へ容赦なく叩きつけられた。
「グアアアッ!?」
「ひるむな! 聖なる炎を纏い、突き進めぇッ!」
モニター越しにも、敵将イグナシオの怒号が聞こえるようだった。
騎士たちは己の生命力を魔力へ変換し、体に眩い「極光」を纏って突撃してくる。その輝きは美しく、確かに一個の人間としては驚異的な魔術的障壁を展開していた。
――だが、物理法則はあまりに冷酷だった。
個人の限界を超えた高熱の魔力障壁も、絶え間なく打ち込まれる数千発の徹甲弾の前には削り取られていく。一分も経たぬうちに光は打ち破られ、肉体が破裂し、騎士たちが次々と草むらへ倒れ伏していった。
「馬鹿な……! 弾幕が、途切れないだと!?」
「引くな! 我が身を燃やせ! 肉体を解き放ち、門を打ち砕くのだ!」
狂気だった。
仲間が肉片となって弾け飛ぶ中、後続の騎士たちは足を止めることすらしない。倒れた同胞の体を踏み越え、ただただ一直線に、死の雨の中を走り込んでくる。
(なぜだ……なぜ退かない……!)
レオンは机の縁を強く握りしめた。右脚の装具が肉に食い込み、激痛が走る。だが、その痛みを忘れるほどの衝撃が彼の胸を突いていた。
帝国軍の戦術において、部隊の損害率が三割を超えれば「壊滅」と判断し、即座に全軍撤退を命じるのが常識だ。生きて戻り、反省を活かし、次の作戦で勝つ。それこそが兵士の命に対する最小限の報いだからだ。
しかし、目の前の敵は違う。
損害率五割、七割……一千いたはずの光が、わずか三十分で残り百を切ろうとしているにもかかわらず、撤退の合図一つ鳴らない。
「少佐! 敵の突撃線、完全に停滞! ……いえ、全滅しつつあります!」
副官の声は、勝利の歓喜ではなく、底知れぬ恐怖に震えていた。
「もう……撃つのをやめさせませんか? これでは戦いではなく、ただの――」
「だめだ」
レオンは副官の言葉を遮った。その声は自分自身に言い聞かせるように冷たかった。
「手を緩めれば、彼らの『死』が無意味ではなくなる。容赦なく叩き潰すことだけが、あの狂気をここで食い止める唯一の手段だ」
胸のポケットに収めた、本国からの手紙の感触。
愛する者の待つ世界へ帰るために、レオンはこの非人道的な殺戮の責任を、すべて自分が背負うと決めていた。
機関砲の銃身が赤く焼け付き、冷却水の蒸気が白い煙となって夜の戦場を覆っていく。
光の粒は、ひとつ、またひとつと消えていき、残されたのは、不気味なほどの静寂と、焦げ付いた鉄の匂いだけであった。
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