第1話 鋼鉄の陣地と狂気の報告書
絶海の孤島「黒竜島」には、無機質な魔導機関の重低音が響き渡っていた。
ヴェルダン帝国軍の巨大な輸送艦から次々と吐き出されるのは、規格化された装甲板、山積みの魔導砲弾、そして大型魔導重機である。
空を覆う黒煙は、我が帝国が誇る圧倒的な工業力と兵站の象徴であった。
聖イグニス王国からこの資源島を奪取して、わずか三日。
我々帝国軍・第一魔導防衛大隊は、すでに島全体を覆う巨大な防衛陣地「鉄の回廊」の構築を終えていた。
海岸線には幾重にも深さ二メートルの塹壕が掘り巡らされ、凶悪な有刺鉄線が視界を埋め尽くしている。
要所には毎分数百発の徹甲弾を吐き出す連射式魔導機関砲が隙間なく配置され、射撃の死角は完全に潰されていた。
駐留兵力は一万を優に超え、後方には一年間は連戦できるほどの莫大な弾薬と糧食が備蓄されている。
前線指揮所の天幕で、防衛参謀のレオン少佐は携帯魔導コンロで沸かした珈琲を静かに啜った。
最前線であっても、本国と同じクオリティの嗜好品が味わえる。
これこそが、データと合理性を極めた帝国軍の真髄だ。
「少佐閣下。偵察機からの索敵報告が上がりました」
若い副官から手渡された報告書を受け取り、レオンは目を細める。
王国軍が反攻に出ること自体は、あらかじめ計算された予測の範疇だ。問題はその内容だった。
「……聖イグニス王国軍、東の砂浜へ上陸を確認。指揮官はイグナシオ将軍。部隊は精鋭『極光騎士団』……」
読み上げ、レオンはカップを机に置いた。
その眉間に、深い皺が刻まれる。
「おい、中尉。暗号の解読ミスか? あるいはゼロの桁を間違えているぞ」
「いえ。索敵班の報告は三度確認いたしました。間違いありません」
副官は顔を硬直させたまま、明確に首を振った。
レオンは再度、手元の紙面に走る数字に視線を落とす。
そこには、近代軍事学を修めた者には到底信じがたいデータが並んでいた。
◆
【敵軍進攻データ】
・推定総兵力:約一千名
・後続の輸送艦隊および支援部隊:なし
・陣地破壊用の重魔導兵器:なし(保持兵器は剣、槍、および騎乗用魔獣)
・補給物資:背嚢に詰められたわずか数日分
◆
「正気か……?」
乾いた呟きが、静かな天幕に吸い込まれた。
一万を超える近代兵力と、重火力で塗り固められたコンクリート陣地。
それに対し、重火器も後続の補給もない、たった一千の歩兵で正面突破を試みる?
それは戦術でも勇気でもない。
ただの無価値な自殺行為だ。
陽動か、あるいは何か思考を狂わせるような巧妙な罠か。
防衛指揮官としての正常な思考回路が、必死に警戒アラートを鳴らす。
しかし、レオンの脳裏に、王国という国家の狂気的な思想が浮かび上がった。
彼らは己の生命力を魔力に変換して体を燃やし、その「精神の輝き」を至高の兵器と崇める宗教国家だ。
『高潔なる魂の熱量は、いかなる鉄壁をも溶かし尽くす』
そんな非科学的で時代遅れの教義を、彼らは本気で信じ込んでいる。
「……まさか本当に、その『精神の炎』だけで、我が軍の陣地を突破できると確信しているのか」
呆れを通り越し、狂信に対する薄ら寒さが背筋を駆け抜けた。
彼らの目には、兵力差も火力差という明白な現実も、何一つ見えていないのだ。
「……全砲門に徹甲魔導弾を装填。連射砲の冷却水も限界まで補充しておけ」
レオンは冷徹な声で命じた。
「敵がどれほど高潔な精神を持っていようと、知ったことではない。我々はただ、冷酷な物理法則に従い、迫る肉片を処理するだけだ」
数時間後、夜の闇に紛れ、無謀な光の騎士たちが進軍を開始する。
それが、史上類を見ない一方的な殺戮の幕開けであるとは、彼らはまだ誰も知らなかった。
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