第4話 耳目を一にす
お寺に軽快な音楽が流れている。
炎真は、講堂を練習場所として使うことにした。
「無料とか神!」
美香が跳ねる。
「すっごい開放的!」
麗奈も珍しくテンションが高い。
炎真は腕を組み、心の中で計算する。
(スタジオ代節約、寺との接点増加、檀家へのアピール材料……
フェス成功確率が上昇)
それよりも、毎日、麻里亜に会えることがうれしかった。
麻里亜は深く頭を下げた。
「お世話になります」
照炎が笑う。
「なんの。仏さまもお喜びじゃろ」
***
数日後。
寺務所の電話が鳴り響いた。
寺の裏にある御蔭工務店からだった。
「うるさくて眠れん!」
「テレビの音が聞こえん!」
「寺が何を浮かれてる!」
炎真は受話器を握りしめ、必死に説明する。
「音量は基準値以内です」
「朝や夜遅くには練習していません」
「土日は休んでいます」
だが、相手は納得しない。
「理屈じゃないんだよ! うるさいものはうるさい!」
さんざん怒鳴り散らされた後、電話が切られた。
炎真は額を押さえた。
(……理屈が通じない)
受話器を置き、思わず愚痴が漏れた。
「あんな人だとは思わなかった……」
照炎が静かに言った。
「腕のいい大工さんなんじゃが、
昨年、奥さんを亡くされての」
「でも、あれじゃ……」
「さみしさが行き場を失っておる。
察してやれ」
炎真は言葉を失った。
***
練習後の講堂。
炎真が悩んでいると、麻里亜が声をかけた。
「他のスタジオ、探します」
その声は、責任を引き取ろうとする覚悟がにじんでいた。
美香が不安そうに言う。
「でも、今から安い場所なんて……」
麗奈も眉を寄せる。
「予算、もうギリギリだよ」
炎真は首を振った。
「何とかします。みんなは練習を続けてください」
(これは……俺の問題だ)
***
炎真は一人で、苦情主の家に向かった。
――御蔭工務店。
看板の文字は、ところどころ色あせていた。
「お邪魔します、真木炎真です。ご挨拶に伺いました」
「入れ」
扉を開け中に入る。
来客用のテーブルには、うっすらと埃が積もっている。
奥の棚の上に、奥さんとの記念写真が飾られていた。
「ご迷惑をおかけしています」
「お寺も軽薄になったもんだな」
店の奥から、白髪まじりのいかつい男性が顔を出した。
「お電話でも申しましたが、
寺フェスまでの間だけ、練習させていただけないでしょうか」
合理的な説明はしない。
ただ、頭を下げる。
「大体、朝晩のお経だけでも、
イライラしてたのに、その上、なんだ、あのやかましい音楽は!」
「寺のイチョウの落ち葉の掃除は、誰がやっていると思ってるんだ」
苦情主は、他のことまで持ち出す。
炎真は、ただ頭を下げ続けた。
(ここで勝つべきは……理屈じゃない)
***
翌日。
炎真は、御蔭工務店から叩き出されたところを
麻里亜に見られてしまう。
「炎真さん!大丈夫?」
突きとばされて、尻もちをついた炎真に、麻里亜が駆け寄る
「大丈夫です……痛てて」
立ち上がって、ズボンについた砂を払う。
「なんで、一人で行くの?」
「お寺の問題です。麻里亜さんたちは関係ない」
麻里亜は首を振った。
「関係ないって……もう、私たちの問題だよ」
その言葉に、炎真の胸が熱くなる。
「とにかく、私も行くから」
もう一度、チャイムを鳴らす。
玄関が開く。
「アイドルだあ?
坊主のくせに、若い子と一緒になって、何、チャラチャラやってんだ!」
「お前ら、夜は水商売でもやってんだろ!」
麻里亜の口元が、一瞬、ぴくりと震えた。
しかし、すぐさま深々と頭を下げる。
「お願いします。練習、やらせてください」
炎真も隣で頭を下げる。
「しつこいな!
やるなら雨戸を全部閉め切れ。
音を漏らすな」
そう言って、店の奥に消えた。
「ありがとうございます!」
炎真は、店の奥に向かって、もう一度深く頭を下げた。
隣で麻里亜も同じ角度で頭を下げる。
横目で、ちらりと麻里亜を見る。
視線が合った。
二人の口元が緩む。
***
帰り道。
「ごめん、嫌な思いさせた」
「あんなのどうってことない。
お酒飲んで、ステージで絡んでくるお客さんよりマシだよ」
「そんな人もいるんだ」
「たまにね」
(麻里亜さんは、強いな)
「それにね、あの人、さみしいんだと思うな……多分」
「さみしい……どうして?」
「うちのお祖父ちゃんも、そうだったから。
電話してきたのも、誰かと話したんじゃないか」
――察してやれ。
照炎の言葉が浮かぶ。
***
講堂。
重い木の雨戸を閉め切ると、外の音が完全に遮断された。
その代わりに、真夏の熱気が嫌というほどこもる。
古びたエアコンは、ほとんど役に立たない。
「暑っ……何もしなくても汗がでる」
美香がタオルで顔を拭く。
「文句言わない」
麻里亜は、そう言うとスマホの音楽を鳴らした。
音楽が流れる。
三人が踊り出す。
***
練習後。
縁側での夕涼み。
シャワー上がりの麻里亜が、濡れた髪をタオルで軽く押さえる。
いつもアップにしている髪が胸のあたりまで下がり、
大人びた雰囲気をまとっている。
「シャワー、ありがとう」
「どういたしまして」
麻里亜が水の入ったペットボトルを口に運ぶ。
「今日も暑いね」
「ごめんね、エアコンが古くて」
「あ、いや、そんな意味じゃ……」
二人は同時に笑った。
麻里亜がぽつりと言う。
「炎真さんって、思ってた人と違うね」
「どう違う?」
「もっと理屈っぽい人かと思ってた。
ほら、お坊さんって、割と理屈っぽいっていうか……」
「それ偏見」
「ごめん、ごめん」
「まあ、俺も初めは、アイドルに偏見持ってたし。
おあいこかな」
「やっぱり持ってたんだ……偏見」
「あっ」
炎真は、思わず口を押さえた。
二人は見つめ合い、同時に噴き出した。
「それで、今はどう思ってる?」
炎真が恐る恐る聞く。
麻里亜は少し考えてから言った。
「今は……う~ん、やっぱりお坊さんかな」
シャワーが熱かったのか、耳が少し赤い。
「それ、答えになってない」
炎真が突っ込むと、麻里亜は答えずに立ち上がり、大きく背伸びをした。
「フェスまで、あと三日だね」
「うん。絶対、成功させよう」
『耳目を一にする』
――みんなの目と耳を一箇所に集中させ、心を一つにする。
(俺たちは、今、同じ目標に向かっているんだ)
夕暮れの空の向こうに、一番星が光って見えた。




