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第3話 煩悩よ去れ



雷太の部屋に、奇妙な声が響いていた。


「タイガー、ファイヤー、――」


炎真の発声は、どう聞いても声明しょうみょうだった。

抑揚が妙に荘厳で、まるで法要の最中だ。


ライブの前日、炎真はMIXを教わっていた。


「さすが、お坊さん。声が通ってる」


集まっていたマインマインの兵士ソルジャーたちが笑う。


炎真は照れながらサイリウムを握り直した。


「これは、推しの生態を知るためだからな」


「はいはい、言い訳はいいから。次、オタ芸いくぞ。

みんなに合わせて」


雷太が手本を見せる。

腕を振り、肩を回し、リズムに合わせて跳ねる。


炎真も真似をする。


「……っ、痛っ!」


肩を押さえてうずくまった。


「お前、運動不足すぎるだろ」


さらにサイリウムを折る練習。

炎真は向きを間違え、ポキッと変な方向に折ってしまう。


「逆だって言ったじゃん!」


「す、すまん……」


休憩して、コーラを飲む。


それでも、一生懸命な姿が伝わったのか、

周りのみんなが声をかける。


「坊主の新兵さん、頑張ってるね!」

「推し増し歓迎だよ!」

「明日の参戦が楽しみだな、盛り上がって行こう」


炎真は思わず嬉しくなる。


(みんなと合わせるのも悪くないな)


だが、すぐに気を引き締めた。


(すべては寺フェスのためだ。

……浮かれている場合ではない)




***




ライブ終了後の楽屋前。

炎真は偶然、マインマインの“裏側”を目にした。


ステージを終えたばかりの三人はすぐに掃除を始めていた。

床を拭き、落ちた紙吹雪を拾い、物販を箱に詰める。


他のアイドルたちはとっくに帰っている。

スタッフも少ない。


「アイドルって……そこまでやるのか?」


麻里亜が笑った。


「私たち、事務所に入ってないフリーランスだからね」


「へえ。でも片付けはスタッフが――」


「自分たちのものは、自分たちでやるよ。

それに、印象悪くしちゃうと、次に箱、使わせてもらえなくなるから」


ライブ後で疲れているはずなのに、黙々と作業を続ける三人。


炎真は、麻里亜たちの厳しい現実を知る。




***




さらにその後も――。


ライブハウスの入り口でビラ配りをする麻里亜たち。


声はかすれている。

それでも笑顔を絶やさない。


通行人に無視されても、次へ。

また次へ。


誰かが捨てたビラが踏まれる。

麻里亜は、何も言わずそれを拾い、

汚れを払って、もう一つの紙袋に戻した。


「マインマイン、来週もライブやりまーす!

よかったら、見に来てください!」


麻里亜の声が、ビルの谷間に響く。


「戦いだ……全力で、戦っている」




***




次のライブ。

炎真は自然に声を出していた。


「タイガー! ファイヤー!」


遅れている。

ぎこちない。

でも全力。


麻里亜が気づいた。

ほんの一瞬、目が合う。


そして、笑った。


その瞬間、炎真は思った。


――マインマインをもっと輝かせたい。


そう思う自分に驚いた。


(合理性がない……なぜだ)


手に持ったサイリウムが、自分の意思とは無関係に震えている。

理由は説明できない。






***




終演後。

炎真は差し入れを置いて、黙って帰ろうとした。


「炎真さん」


麻里亜が呼び止めた。


「今日、最後までちゃんと応援の声、出してたね」


「読経で鍛えてるから……」


炎真は照れながら答えた。


麻里亜はふっと笑う。


「炎真さんが本気だってこと、分かりました。

寺フェス、こちらからお願いします」


炎真は固まった。


(えっ! なぜ急にOKなんだ?)


(そうか……これは『迂直の計』だ。


『迂を以て直となし、患を以て利となす』

――遠回りが一番の近道になり、ピンチがチャンスに変わる。


初めから承諾すれば、俺をファンにできない。

だから回り道して、フェスと俺を同時に取る作戦――)


「何、ぶつぶつ言ってるの? ダメなの?」


「あっ、いや、ダメじゃない。うれしいです」


(俺としたことが、相手の罠にはまるとは……でも、まあいいか)


炎真は笑って手を差し出す。

麻里亜は、にっこり微笑み、その手を握り返した。


その夜は、麻里亜の手のぬくもりが消えなかった。

布団に入っても、目は冴えたままだった。




***




翌朝の勤行――。

炎真は眠気と戦いながら読経をする。


仏像の顔と麻里亜の顔が重なって見えた。


寺フェスをあっさり許した菩薩のように微笑む麻里亜。


思わず顔がにやける。


次に浮かぶのは、炎真を拒絶した仁王のように厳しい麻里亜。


背筋が伸びる。


(本当の麻里亜さんは、どっちだ?)


読経の声が上ずる。


麻里亜の顔が、現れては消え、消えては現れを繰り返す。


「煩悩よ去れ!」


炎真は振り切るように読経の声を一段、上げた。




***




朝食の席。

照炎が言った。


「今日は、読経に身が入ってなかったな」


「すみません」


煩悩即菩提ぼんのうそくぼだいって知ってるか」


「は、はい。煩悩こそが悟りへの道……でしたか?」


「うむ……寺を想う気持ちも、人を想う気持ちも、

みんなまとめて引き受ければいい」


炎真は箸を止めたまま、静かに頷いた。

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