3- 35 新人類たち
結羽は、自分に近づいてくるお爺さんの霊が事故の目撃者であることを期待した。
「お嬢さん。わしが見えるらしいな」
腰が曲がったわりには歩くスピードが速いお爺さんの霊が結羽に声をかけた。
結羽は笑顔をたたえながら、お爺さんの霊にお辞儀をした。
「で、なんじゃ? 腰が曲がってるわりには歩くのが速いとか何とか言っておったな」
「はい。だって、本当のことだから」
結羽は愉快そうな笑みを浮かべながらお爺さんの霊を見つめた。お爺さんの霊は顔のシワが深く白髪一色だが、どこか人懐っこい印象を受ける。結羽も安心して会話ができそうだと感じた。
「死ぬ間際まで腰が曲がってたんじゃがな、死んだあと毎日のように山の中を散歩していたら歩くのが速くなったんじゃ」
「じゃあ、お爺さん。このあたりの出来事に詳しいんじゃないんですか?」
結羽は、目の前にいるお爺さんの霊は事故を目撃しているかもしれない、と期待しながら訊ねた。お爺さんの霊からの返答は、結羽や可南の期待通りのものだった。
「そうじゃな、このあたりの出来事なら何でも知っとるぞ。例えば、つい最近、このあたりで交通事故が起きたことや、熊が人を襲ったことなども知っておるぞ」
お爺さんの霊が得意げに答えると、結羽と可南は顔を見合せて笑顔で頷いた。
「へえー、このあたりで事故があったんですね。どんな事故だったんですか?」
可南がお爺さんの霊に尋ねた。お爺さんの霊は可南に目をやると一瞬驚きの表情を見せたが、すぐに真顔に戻った。
「お前さんも、わしが見えるんじゃな。ふむふむ、新人類は幽霊を見られる人が多いらしい」
「新人類?」
お爺さんの霊が発した「新人類」という言葉に対して結羽が首を傾げる。
「昔、流行った言葉。死語よ」
すかさず、可南が結羽に耳打ちした。結羽は可南からの耳打うちに反応するかのように目をパチパチさせた。
いまいち「新人類」という言葉の意味が分からず呆然としている結羽に代わって可南が質問を続けた。
「そう。私たちは新人類なんです。それで、お爺さんが見た交通事故というのは、どんなものだったんですか?」
「車同士の事故じゃ」
「車同士というと、正面衝突か何かですか?」
「正面衝突じゃないな。あれは、新人類同士の追突事故じゃったわ」
結羽と可南は、顔を見合せた。
次は、結羽が質問を続ける。
「追突事故って、もしかして、あそこで起きた事故ですか?」
結羽は、路面にテールライトの破片が散乱していた場所を指差した。
「そうじゃ。ちょうど、あのあたりで起きたんじゃ」
可南が結羽からの質問を継いだ。
「でも、ここは直線道路だから追突事故なんてありえない気がするんだけど······」
「あのときは土砂降りの夜でな。2台の車が女井戸トンネルの方から走ってきたんじゃ。ちょうどそのとき、わしとは顔見知りの鹿が道路に飛び出したんじゃが、それを避けようと先頭の車が急ブレーキをかけてな、そこへ後続の車が追突したんじゃ」
「それでどうなったんですか?」
「わしと顔見知りの鹿は無事じゃったわ」
「あ、いや。鹿じゃなくて、車に乗っていた人たちは······」
「2台の車からは合わせて3人の新人類が降りてきたんじゃが、大騒ぎしておったわ。その様子が面白くて見ておったら、嫌なことを言い出してな」
「嫌なこと?」
「この事故を幽霊の仕業にしよう、と言いおったんじゃ。それで、わしは新人類に呆れてしまって、その場を離れたんじゃ」
途中から黙ってお爺さんの霊の話を聞いていた結羽は、追突事故の当事者3人が『霊騎士』『イカメン1号』『イカメン2号』の3人だと確信した。
結羽は、視線を落としながら唸った。
(自分たちの事故を霊の仕業にでっち上げるなんて、困った人たちよね······)
結羽は、可南に顔を向けた。可南も呆れたようにかぶりを振っていた。
お爺さんの霊によると、峠の下り直線道路での事故は、霊騎士たちによる追突事故のみだという。それ以外には、車による事故は見ていない、とのことだった。
「お爺さんの話、とっても勉強になりました!」
結羽と可南は、明るい笑顔でお爺さんの霊に感謝した。
「おお! 新人類の中にも、しっかりした人がおるわ」
お爺さんの霊は、2人の女性の態度に感心して上機嫌に笑うと、再び森の中へと歩み去った。
結羽は、可南と並んで歩きながら口を開いた。
「これで、2つの事故原因が分かりましたね。あとはタケハルの事故原因のみ」
可南は愛車に戻ると運転席に乗り込んだ。結羽もワンテンポ遅れて助手席に乗り込む。
結羽が助手席のドアを閉めると、可南が直線道路の先を目を細めるように見つめた。
「もしかしたら、動画配信者たちの事故は全て、霊とは関係ないんじゃないかな」
「私もそんな気がします」
結羽は、可南による憶測に同意した。
「閲覧数を稼いでいるタケハルも、演出が上手いと評判だからね」
「そうですね。心霊配信にしては、なかなかやり手だと思います。霊がいないのに、いかにも霊が近づいている、みたいな演技をしたり······」
「そうよね。今の時代の動画配信者には、ある程度の演出も必要だから仕方ないのかもしれないね」
結羽は可南の言葉を耳にすると、これからの心霊配信には過剰な演出や似非霊能者が増えるのかな、と思い、少しやるせない気持ちになった。
「可南さん、東京へ戻りましょうか······」
「そうだね」
結羽の言葉を合図に、可南はエンジンスタートのスイッチを押した。
(つづく)




