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慰霊師  作者: 皇南輝
第3章 心霊配信すると事故るトンネル
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3- 36 心霊配信者たちの真相

 結羽の言葉を合図に、可南はエンジンスタートのスイッチを押した。

 その直後、可南は思い出したように助手席の結羽に顔を向けた。


「そうだ、結羽さん。私は、いつまで霊が見える状態が続くの?」


 これから東京まで数時間運転しなければならない可南は、気になって結羽に訊ねた。


「正確なことは言えないんですけど······たぶん、あと数時間くらい」


「数時間なのね。大丈夫かな······」


「何か心配事でもあるんですか?」


「ほら、私はこれから数時間、東京まで車を運転するでしょ。もし高速を運転中に道路を横断する幽霊が見えたりしたら急ブレーキをかけるかもしれない。それを考えたら、いろいろ危ないと思うの」


「そうですね。じゃあ、ここで時間を潰しますか?」


「この山奥で? それはやめようよ。さっき、お爺さんの霊が言ってたじゃない。熊を見たって」


「そういえば、そんなこと言ってましたね」


 結羽は、まるで他人事のように危機感のない笑みを浮かべながら答えた。


「結羽さんって、呑気だね」


 可南は、そんな結羽に可愛らしさを感じて微笑んだ。


「とりあえず、山をおりて街まで出よっか」


「はい。お任せします」


 可南は、結羽が同意したことを確認すると、車を発進させた。下りの直線道路をゆっくりと走りながら、可南はバックミラーを一瞥した。バックミラーに映る後方の森や県道。その先には、女井戸トンネルがある。


(またね、涼子······)


 可南は、成仏して消え去った親友の霊に心の中で別れを告げた。



 その後、無事に麓の街まで戻った結羽と可南は、ファミレスで遅めのランチを済ませた。食事を終えた頃には、可南が得ていた『一時的に霊を見る力』は消え失せていたので、東京への帰途につくことができた。


 可南が運転する車が高速道路に乗り始めた頃、助手席に座る結羽はスマホで情報を探していた。その情報とは、動画配信者タケハルに関してのものだ。


 やがて、日が沈み、助手席の闇の中でスマホ画面の光に顔を照らされていた結羽が「あ!」と声をあげた。

 まるで自動操縦オートパイロットのように、ひたすら前方の車を追いかけるようにして運転していた可南は、結羽の声に驚いて彼女を一瞥した。


「どうしたの? 結羽さん」


 結羽は明るいスマホ画面から目を離すと、運転中の可南の横顔を見つめた。


「タケハルの事故の真相が分かりました!」


「事故の真相って?」


「動画投稿サイトの掲示板でタケハルについての情報を探っていたんですけど、ある方の投稿によると、タケハルは確かに事故を起こしていたそうです」


「どこで事故を?」


「都内だそうです」


「都内? タケハルの投稿には、女井戸トンネルから近い峠道で事故を起こした、と書かれてあったよね」


「はい。でも、実際は上野あたりの交差点で中央分離帯に衝突したらしく、その原因は、居眠り運転だったそうです」


「それは確かなのかな?」


「タケハルの知人が本人から真相を聞き出し、ネットに漏洩リークさせたみたいだから、本当っぽいですね!」


「何よ。結局、タケハルの事故も幽霊とは何にも関係ないじゃないの」


「そうですね、事故原因が居眠り運転らしいですからね。でも、入院するほど大怪我したのは本当みたい」


 結羽は、やれやれ、とばかりにため息をついた。可南のため息も、それに続いた。


「女井戸トンネルで心霊配信をしたタケハル、レイレイ、そして霊騎士やイカメンたちの事故は、全部、霊とは無関係だった······。それを、あの人たちは、謎の事故に見せかけるという演出をしたってことですね」


 結羽は、前方を走る車の赤いテールランプをぼんやりと見つめながら自分なりの結論を出した。


「私としては、タケハルたちの事故原因が涼子の仕業じゃなかった、というだけで十分だよ」


 可南は、笑みを浮かべながら助手席の結羽に一瞥すると、そのままの表情で運転を続けた。




 やがて、可南が運転する車は都内に入り、結羽のアパート前に到着した。車を停めた可南は、上半身を向けるようにして助手席の結羽に顔を向けた。そして、結羽の右手に優しく手を置いた。


「結羽さんのおかげで女井戸トンネルへ行けたし、涼子にも会えた。そのうえ、涼子を成仏までさせてくれた。本当に感謝してるよ」


「お役に立てられて良かったです」


 結羽は、可南が満足そうな笑みを浮かべていることに安堵すると同時に、自分が可南の役に立つことができたことが嬉しく感じた。


 可南は後部座席からバッグを引っ張り出して手元に置くと、茶色の長財布を取り出した。そして、そこから1万円札をざっくりと取り出すと結羽に手渡した。


「これ、今回の報酬ね」


「ええっ、こんなに······!」


 結羽は可南から手渡された1万円札の枚数を見て驚きの声をあげた。

 結羽は、始めから、可南からの依頼による達成報酬の金額を定めていなかった。それに、報酬額は1万円ほどあれば良い、というのが結羽の考えだった。しかし、実際に可南から手渡された1万円札の枚数は8枚だった。


「可南さん、これは頂きすぎです······」


 結羽が手のひらに並ぶ1万円札を見つめながら言うと、可南は両手で結羽の手を紙幣と一緒に包み込んだ。


「いいの。結羽さんのおかげで、大切な友人が救われたし、私自身の心も救われたの。だから、受け取ってほしいの」


 可南は、ぜひ受け取ってほしい、という気持ちで微笑みながら結羽を見つめた。


 結羽にとって可南からの報酬8万円は、1ヶ月のバイト代の半分に等しい。それを1日で受け取るのは初めての体験だった。


「可南さん、ありがとうございます!」


 結羽は、助手席に座ったまま精一杯頭を深く下げた。


「感謝するのは私の方だからね、結羽さん。また何かあったら、よろしくね!」


 可南は、再び頭を上げた結羽と目が合うと満面の笑みを浮かべて頷いた。



 道路脇に浮かぶ白い街灯の中を走り去っていく可南の車に手を振って見送った結羽。ふと気がつくと、足元には十数時間ぶりに再会した白猫のホイップがいた。


 いつも結羽と行動を共にしているホイップだが、今回の依頼では“お留守番”させていた。

 結羽は、身を屈めるとホイップの顔に自分の顔を近づけた。


「ただいま、ホイップ」


「ゆうは、おそかったね」


「ちょっと遠くへ行ってたからね」


「ぼく、おなかすいた」


「うん。じゃあ、ご飯にしようね!」


「やったー!」


 結羽は立ち上がると、アパートの階段をホイップと並んで上り始めた。階段を上りながら、結羽は、今回の慰霊師としての活動に対する充足感に満たされていた。






(第3章 おわり)

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