3- 31 消えていく幽霊たち
涼子は、良子を笑顔で見つめた。
結羽には、涼子の笑顔がこの上なく美しく見えた。
そのときだった。突然、抱きしめ合う涼子と良子の霊体が白く光り始めた。
涼子と良子は突然起きた現象に驚いてお互いの姿を見やり、可南もまた2人に起きた突然の異変に驚いて目を見開いたまま見つめた。
しかし、結羽だけは光り輝く涼子と良子を見つめたまま微笑んでいる。結羽には分かっていた。涼子と良子が“成仏”する瞬間が近づいたことを。
結羽は可南に笑顔を向けると、頷いて見せた。
「可南さん。涼子さんにお別れの言葉を······」
「お別れって、まさか!」
「はい。涼子さんと良子さんは、まもなく成仏します」
結羽の発した「成仏」という言葉を聞いた涼子と良子は、お互いを見つめ合った。良子は微笑みながら頷くと、涼子から離れた。その意味を察した涼子は、可南に近づいた。
涼子は可南の正面に立つと、溢れんばかりの笑顔で可南を見つめた。
可南は、光り輝く涼子の姿に見とれながら涙を浮かべた。
「涼子。すごく綺麗。天使みたい」
「可南。あなたと結羽さんが女井戸に来てくれたおかげだよ」
涼子は、結羽にも笑顔を向けた。涼子に笑顔を向けられた結羽は、照れた笑みを浮かべると目を伏せた。
「可南、幸せになってね」
「うん。涼子が天国に行っても私たちは友達だからね」
「うん」
涼子は頷くと、可南を抱きしめた。可南も強く涼子を抱きしめた。そのとき、可南は、まるで本当に肉体をもった涼子と抱き合っているような感覚を覚えながらも、親友との別れを惜しむかのように力いっぱい抱きしめた。
結羽は涙を浮かべながら2人を見つめたあと、光り輝く良子に近づいた。
「良子さん、いろいろ、ありがとうございました」
結羽は良子に向かって深々と頭を下げた。良子は結羽に近寄ると、微笑みながら首を横に振った。
「感謝するのは私たちのほうよ。結羽さん、あなたのおかげで成仏が起きたんだから」
良子は結羽に感謝しながら頭を下げた。良子は頭を上げると、結羽の両肩に手を置いた。
「結羽さん。あなたは霊感だけでなく、それ以上の不思議な力を備えてるわ。決して道を誤ることなく、その力を困っている人々のために役立ててくださいね」
「はい!」
結羽は良子を見つめながら笑顔で大きく頷いた。
最後の別れを告げ合った可南と涼子は、結羽に促されて抱擁を解いた。
涼子は良子のもとに戻ると、2人は手を繋ぎ、結羽と可南に顔を向けた。
涼子と良子の霊体の輝きは強くなり、やがて霧が晴れていくように2人の姿は消えていった。
森に囲まれた県道に蝉の鳴き声が響くなか、結羽は可南に顔を向けた。可南は頬を伝う涙をそのままに微笑みを浮かべている。
「涼子······」
可南は涼子の名前を口にすると、指先で涙を拭い、結羽に顔を向けた。
「涼子と良子さん、成仏したんだね」
「はい。本当に良かった」
「へっへっへっ······」
結羽が、可南に向かって答えたときだった。突然、森の方から甲高い男の笑い声が聞こえてきた。
結羽が反射的に首からぶら下げているスマホを手にした次の瞬間、目に見えない強い力に突き飛ばされて宙を舞い、地面を転がった。
「結羽さん!」
可南が叫んだとき、森の奧から垂れ目の長髪男が現れた。それが中年男に憑依した悪霊だと気がついた可南は、恐怖のあまり全身を硬直させた。
長髪男は、衝撃と痛みで顔をしかめている結羽を睨みつけ、露骨に不快な表情を見せた。
「お前のせいで、女を楽しみ損なっちゃったよ。だからさあ、 お前に取り憑いて楽しませてもらおうかな。へっへっへっ······」
長髪男はゆっくりと結羽に近づいていく。可南は、首からぶら下げている黒曜石を握り締めながら、恐怖のあまり動けない。
一方の結羽も、地面に叩きつけられた痛みのせいで、すぐに起き上がることができない。
長髪男が薄気味悪い笑みを浮かべながら結羽の背中に触れたときだった。
「ひいっ!」
突然、長髪男が短い悲鳴を発して手を引っ込めた。しかし、すぐにまた結羽の背中に手を伸ばす。
「痛いっ!」
長髪男は、またしても悲鳴をあげながら手を引っ込めた。次の瞬間、長髪男は短い叫び声を発すると同時に、ふっと消えてしまった。
長髪男の姿や気配が跡形もなく消え、再び蝉の鳴き声が森を支配した。
その一部始終を目撃していた可南は、驚きのあまり呆然と結羽の傍らを見つめていた。なぜなら、長髪男が消えた瞬間、結羽の傍らに光り輝く女性のシルエットが見えたからだった。
(今のは何だろう? 涼子や良子さんでもなかったけど······)
可南はそう思ったものの、すぐに、倒れている結羽に駆け寄った。
「結羽さん!」
可南が駆け寄ると、結羽はゆっくりと起き上がった。そして、すぐにスマホの画面を確認すると、安堵のため息をついた。
「良かったあ、スマホの画面がヒビ割れてなかった! 画面がヒビ割れると修理代が高いんだよね······」
スマホ画面を見つめながらブツブツと独り言を発している結羽を目にした可南もまた安堵し、微笑んだ。
結羽は、すぐ傍で微笑みを浮かべている可南に気がつくと心配そうな表情を浮かべた。
「可南さん、大丈夫でしたか?」
「うん。私は大丈夫。さっきの悪霊、私を襲ったおじさんに取り憑いた男だったわ」
「やっぱり。物凄くいやらしい念を発してたからそうだと思いました。でも、いなくなっちゃいましたね······」
そのとき、可南は、結羽の背後に一瞬だけ現れた光り輝く女性のシルエットが長髪男を消し去ったことを伝えようとした。しかしなぜか、それを伝えるべきではない、という考えが心を圧迫したため、黙っていることにした。
「可南さん? どうかしました?」
突然黙り込んでしまった可南に対して、結羽は不思議そうな顔をしながら尋ねた。
「ううん、何でもないよ。スマホ画面、ヒビ割れてなくて良かったね!」
可南がそう答えると、結羽は明るい笑顔で「はい!」と返事をしたのだった。
(つづく)




