3- 30 復讐することの虚しさ
突然、涼子が泣き崩れた。
驚く結羽と可南。ただ、良子だけは落ち着いている。
涼子は地面にうずくまって号泣している。しかし、霊であるため涙を流すことはない。号泣する涼子の表情は、まるで小さな子供が感情を露わにして泣いているかのようだ。
「涼子······」
可南は号泣する涼子に近づくと、屈んで右手を差し伸べた。可南の右手が涼子に触れても、その感覚を感じることはない。
「私、もっともっと生きたかった! たくさん恋をして、結婚して、子供を産んで、幸せな家庭を築きたかった! でも、私は殺されたの! 獣のような男に乱暴されて、命を奪われたの!」
涼子は悲鳴のような声で胸の内をさらけ出した。
涼子は顔を上げると、目の前の可南を見つめた。
「可南、この私の怒りと憎しみ、悲しみが分かる? 絶対にわかりっこないわ!」
「涼子······」
涼子の名前を呼ぶ可南の声も震えている。可南は、悲しみで震える声を抑えるようにしながら声を絞り出した。
「涼子の気持ち、完全にはわからないかもしれない。でもね、大切な親友を失った気持ち、涼子を引き戻してでも山奥に行かせるべきじゃなかった、という後悔は、一生背負うことになるの。だって、あたりまえでしょ! 涼子は私にとって大切な友達なんだから! 涼子が辛いのも分かる。だけど、私も辛くて悲しいの······」
可南は、泣き出しそうになるのを堪えながら、何とか自分の気持ちを涼子に伝えきった。
涼子は、可南もまた苦しい思いをした、という事実を知ると泣くのをやめた。そして、目の前にいる親友の顔を、愛しそうに見つめながら優しげに微笑んだ。
そこへ、結羽が涼子の視線に合わせるように屈んだ。
「涼子さん。可南さんは、涼子さんが亡くなって以来ずっと、犯人を探し続けているんです。それほど、涼子さんの無念を晴らそうとしてるんです。えっと、うまく言えないけど······だからこそ、親友である涼子さんが悪霊になってほしくないんです。でも······」
結羽は、そこまで言うと言葉を切り、そして微笑んだ。
「女井戸トンネルの不可解な事故は、涼子さんの仕業じゃないって確信しました。確かに、涼子さんは女井戸トンネルを訪れる男の人を呪おうとした。だけど、その度に良子さんがそれを阻止してくれていたんですよね?」
結羽は、ことの成り行きを静かに見守っていた良子に顔を向けた。
良子は、微笑みながら頷いた。
「可南······」
涼子は、可南の名前を優しげな口調で呼ぶと立ち上がった。
可南は、涼子に合わせて立ち上がる。2人はお互いを見つめ合った。
「私、やっと分かった。可南も辛かったんだね。それくらい、可南にとって私は大きな存在だったんだよね。私、生きてるときもワガママばかり言って可南をよく困らせたよね。可南、私、もうこれ以上心配かけないから安心してほしい」
涼子は、抱きしめる仕草をしながら可南に触れた。一方の可南も、涼子を抱きしめる仕草を返した。
「涼子、必ず犯人を捕まえるから!」
可南は改めて決意すると、涼子に告げた。しかし、涼子は笑みを浮かべながら首を振った。
「もう、いいの。犯人探しはしなくていいの。私のために可南の大切な時間を割くのはやめてほしい。これからは、可南自身のために時間を使ってほしいの」
「でも······」
「お願い、可南! これからは、私の分まで生きて、私の分まで幸せになってほしい! そして、もしできるなら······いつか、可南が女の子を産んだら、その子に私の名前を名付けてほしいな」
涼子は、可南を見つめながら照れくさそうに微笑んだ。
「分かった。約束する」
可南は、涙を浮かべたまま笑顔で頷いた。
涼子は可南を見つめながら大きく頷くと、次に良子に顔を向けた。
「良子さん、あなたのおかげで悪霊にならずにすんだよ。良子さん、以前に私に言ってたよね。他人を許すことは自分を癒すことだと。いま、それが分かった気がする」
良子は涼子の言葉に大きく頷いた。
「実はね、涼子。私は昭和の時代に、女井戸村で殺された女性のひとりだったのよ」
良子からの思わぬ告白に、涼子ばかりでなく可南や結羽も驚きの声をあげた。
良子の言葉が続く。
「私も男に乱暴されて殺された。死後、犯人を恨んだわ。そのとき、私は復讐するために犯人の目の前に執拗に現れてやったの。やがて、犯人は頭がおかしくなって自ら命を絶ったわ。でもね、復讐の先にあったのは虚しさだけだった······。そう、復讐したところで、私が生き返るわけじゃない。何も得られないばかりか、逆に大きな喪失感を味わったわ。だから、涼子には同じ苦い思いをさせたくなかったの」
良子からの告白の言葉は、次第に弱く小さくなっていく。やがて、良子は両肩を震わせて、うつむいてしまった。
「良子さん」
涼子は良子に駆け寄ると、震える両肩を抱きしめた。
「私は、もう大丈夫。誰にも復讐しない。私は、私のために犯人を許すよ。短かい人生だったけど、これが私の運命なんだよね」
涼子は、良子を笑顔で見つめた。
結羽には、涼子の笑顔がこの上なく美しく見えた。
そのときだった。突然、抱きしめ合う涼子と良子の霊体が白く光り始めた。
(つづく)




