3- 20 女井戸村の悪しき風習
結羽は、鳥居を見上げ、額束に記されている文字を読んだ。
「女井戸神社······」
その瞬間、結羽は気がついた。
(ここは、かつての女井戸村なんだ! ということは······)
結羽は鳥居に背を向けると、廃集落内の広場を注意深く見渡した。その目は、どんな些細なものでも見つけてやろうという意思が込められている。
そのとき、石積みの土台のようなものが数十メートル先に見えた。それを見つけた瞬間、結羽はそれが『古井戸』だと直感した。そして、その古井戸こそ『女井戸』の名前の由来となった井戸だと確信した。
結羽は、惹きつけられるようにして古井戸に近づいていった。
今回、可南からの依頼を受けて女井戸トンネルを訪れることが決まった結羽は、女井戸地区にまつわる出来事を事前にインターネットで調べていた。
江戸時代、この地区には小さな集落があった。しかし、標高が高いため旅人や役人が訪れることは少なく、村人は自給自足的で閉鎖的な暮らしをしていた。
ある日、天候不順により全国に飢饉が発生した。村も例外なく飢饉に襲われ、村人の半数が餓死。これを『呪い』だと解釈した村の長老は、生贄として生娘を井戸に投げ込んだ。すると、飢饉が収まった。これを機に、村に不幸が起こるたびに、生贄として生娘を井戸に投げ込むようになった。やがて、村の生娘が絶えると周辺の村から生娘をさらってきては、村の井戸に生贄として投げ込むという悪しき風習が生まれた。そのため、いつしかこの村は『女井戸村』と呼ばれるようになったのだった。
明治時代になると、女井戸村の悪しき風習は廃れていく。やがて、昭和初期になると、女井戸村は白樺の森に囲まれた避暑地として富裕層に注目されるようになった。かつて生娘たちを投げ込んだ井戸にはコンクリートが流し込まれて封印された。
戦後になると、女井戸村で若い女性ばかりを狙った連続殺人事件が発生。犯人が見つからなかったことから、人々は『井戸に投げ込まれた女たちの呪い』だと噂をするようになった。それ以来、女井戸地区の人口は激減し、ついに廃集落と化してしまった。
その後、女井戸トンネル周辺では事故や事件が多発。いつしか女井戸トンネルは日本有数の“心霊スポット”として有名になってしまった。そのようなときに、可南の友人である町村涼子が女井戸トンネル付近で殺害されたのだった。
結羽は、井筒がコンクリートによって封印されている古井戸を見つめながら、女井戸地区にまつわる出来事を思い返した。
結羽は思わず右手で左腕をさすった。結羽の両腕は、鳥肌が立っていた。
「なんか、ヤバいかも······」
そのとき、突然、結羽の脳裏に女性たちの悲痛な叫び声が響いた。まるで一度に数十人の悲鳴が頭の中に響いたような感覚であったため、驚きと恐怖で目眩を起こして体をふらつかせた。
(ヤバい! すぐに古井戸から離れなきゃ!)
古井戸から得体の知れない霊気を感じとった結羽は、体をふらつかせながら古井戸から離れた。
古井戸から数十メートル離れた結羽は、振り返って古井戸を見つめた。
(さっき、頭の中に響いた悲鳴はなんだったの?)
悲鳴の正体は分からないが、結羽は自分の身に起きた現象を理解することができた。
「もしかして、さっきのは霊視の一種?」
結羽は霊とコミュニケーションがとれるが、霊視という能力は備えていない。
霊視は、あるモノに触れたりある場所を訪れたりすることで、それらに関係する過去の出来事をイメージや言葉として“視る”“聴く”ことができる能力だ。
(もしかして、霊視というスキルが開花しつつあるのかも······)
そう考えた結羽は、新しいスキルを開花させていけば慰霊師としての活躍の場が広がる、と胸を踊らせた。
結羽が、自分自身のこれからの可能性に希望を抱いているときだった。突然、結羽の視界の端に黒い影が見えた。すぐに反応して黒い影が見えた方へ顔を向けたが、そこには何もいなかった。しかし、結羽はその黒い影が霊だと確信した。
霊は、視界の端に黒い影として見えることがある。
完全な形で霊を見ることができる結羽にとって、黒い影という形で霊を感じることは稀なことだった。
「さっきの黒い影は、まさか······」
結羽が視界の端に捉えた黒い影は、女井戸トンネルを舞台にした心霊配信で見かけた黒い影に似ていた。
結羽は嫌な予感に襲われた。
「私の嫌な予感って当たっちゃうのよね······」
そう呟いた結羽の脳裏に可南の姿が浮かんだ。
「可南さん!」
胸騒ぎを覚えた結羽は、可南が待っている場所へ向かって走り始めた。
(つづく)




