3- 18 トンネルの先にある風景
「では、涼子がいる場所へ案内しますね」
女性の霊は結羽と可南に顔を向けたあと、2人に背中を向けて歩き始めた。女性の霊は数歩進むと、すぐにトンネルの闇に消えた。
「可南さん。霊が涼子さんのいる場所へ案内してくれるって! 私たちも行きましょう!」
結羽が可南に伝えると、可南は黙ったまま頷いた。
結羽と可南は懐中電灯の光を照らしながらトンネルの奥へ進む。全長2キロのトンネルは長い。夏とは言え、トンネルの奥深くは鍾乳洞のように肌寒い。湿った古いコンクリートの匂いが結羽と可南の嗅覚を支配し続けた。
しばらく歩くと、はるか先にバイクのヘッドライトのような丸い光が見えた。トンネルの出口だ。
可南は、結羽に顔を向けた。
「トンネルの出口だね。涼子は見える?」
「出口まで、まだ何百メートルも離れてるから見えないですね」
そのとき、結羽は気がついた。
(そういえば、私たちは心霊配信者たちが進んだ距離よりもはるかにトンネルの奥深くを進んでる。それに、心霊配信のときに見えた黒い人影をまだ見てない······)
タケハルやレイレイ、霊騎士たち心霊配信者は、トンネルを数十メートル進んだところで音信不通となり、その結果、自動車事故を起こしている。しかし、結羽と可南は、タケハルたち心霊配信者よりもはるかにトンネルの奥へ進んでいるのに、異変が起きていない。
結羽は、女性の霊のあとについて歩きながら考えた。
(今の私たちに何も異変が起きていないということは、タケハルさんたちに異変を起こしたのは彼女じゃない!)
結羽は、目の前を歩く女性の霊の背中を見つめながら確信した。
(じゃあ、女性の霊のあとに現れた黒い人影が異変を起こしたってこと?)
結羽は歩きながら、心霊配信者たちが異変に見舞われた原因を考えた。しかし、いま結羽が知り得ている情報だけでは、結論を出すための材料が少なすぎる。
(とにかく、涼子さんに会ってみるしかない······)
そう思った結羽だが、涼子に対して一抹の不安を覚えた。
トンネルの出口から差し込む光が徐々に大きくなり、ついに全長2キロのトンネルを抜け出すことができた。
トンネルから出ると、太陽からの真っ白な光が結羽と可南の全身を照らした。暗闇に慣れていた2人の目にとって数十分ぶりの太陽の光は眩しすぎた。
「わあ、眩しい······」
結羽は、眩しさのあまり、懐中電灯を持つ右手の甲で目を覆った。可南も同じような仕草で眩しさに反応した。
トンネルの出口は、入口側のような深い森ではなく、美しい白樺の森だった。白樺の森は、森の密度としては小さい。そのため、太陽の光が地面まで行き届き、坑門の黒ずんだコンクリートを白く照りつけている。
やがて、光に慣れてきた結羽と可南は周辺を見渡した。
「こっちは白樺の森になってるんだね」
トンネル内を移動中は緊張して笑顔を見せなかった可南が、ようやく安堵して微笑んだ。
「わあ、ロマンティック······」
結羽は、ゆっくりとトンネル周辺の森を見渡した。
トンネル出口周辺は白樺の森に囲まれており、道が下り坂になっている。相変わらずアスファルトの路面は傷んではいるが、入口側の路面よりは平坦な部分が多い。
「県道493号線」
結羽は、下り坂が始まる道路脇で自己主張でもするように立っている青い標識の県道番号を読み上げた。すると、女性の霊が結羽に近づいてきた。
「この下り坂の先に、集落へ続く林道があるの。案内するからついてきて」
女性の霊は、結羽にそう伝えると下り坂を進んでいった。
結羽は可南に顔を向けると、無言のまま頷いた。その意味を察した可南が同じように頷くと、結羽と並んで下り坂を歩き始めた。
可南は、再び緊張していた。この先には町村涼子の霊がいるのだ。友人とは言え、町村涼子は死んでいる。
(心霊配信者たちの事故が涼子の仕業だとしたら、悪霊になったということだよね)
可南の脳裏に『悪霊』という言葉とその陰湿な印象が何度もよぎった。
可南と並んで歩く結羽も同じような不安を抱いていた。
(もし涼子さんが悪霊だったら······)
しかし、結羽が抱く不安は目の前を歩いている女性の霊と接する度に和らいでいく。
結羽は、目の前を歩く女性の霊の背中を見つめた。
(この女性は、涼子さんのことを友人だと言っていた。この女性は悪霊という感じがしない。むしろ、私よりはるかにしっかりしてる。そんな人の友人が悪霊とは思えないけど······)
下り坂を100メートルほど下ると、県道から右斜めに下りていく脇道があらわれた。舗装が全くされていない林道だ。女性の霊は結羽を一瞥したあと、林道へと入っていく。
白樺の森の林道は歩いていて心地よい。頭上には青空が広がり、夏の太陽光が白樺の白い木肌を浮かびあがらせている。しかし、林道を歩く結羽と可南には美しい白樺の森や夏の青空は眼中になかった。
集落に近づくにつれて、涼子という得体の知れない存在に対する不安と警戒心が増していった。
林道を歩き始めて10分後、ようやく集落にたどり着いた。
そこは、人の気配が感じられない廃集落だった。
(つづく)




