3- 17 トンネルの霊と初対面
結羽は懐中電灯の光を前方の闇に向けながら一点を見つめている。可南も、結羽が見つめる先に顔を向けた。その表情には恐怖の色が漂っている。
「こんにちは」
冷たい闇と静寂さに包まれたトンネル内で、結羽は前方に向かって挨拶した。その口調は、まるで知り合いに挨拶でもしているかのようだ。
結羽は前方の闇に向かって微笑み、会釈をした。可南は、結羽の異変を見てすぐに察した。
(目の前に幽霊がいるんだ!)
可南には何も見えないが、結羽には見えていた。
結羽たちの目の前には、カールかかったロングヘアの髪形をした白いブラウス、水色のロングスカート姿の女性が立っている。それは、結羽が女井戸トンネルでの心霊配信で何度も見ていた昭和の雰囲気を漂わせる女性の霊だった。
「あなた、私が見えるのね?」
「はい」
女性の霊が尋ねると、結羽は笑みを浮かべながら返事をした。
結羽の隣にいる可南には霊が見えない。しかし、結羽が霊と会話を始めたことを察していた。
「私、安堂結羽と言います。突然お邪魔してすみません」
「あなたたちもテレビ局の方なの?」
「テレビ局?」
結羽は、女性の霊から『テレビ局の方』のように思われた理由がすぐに分かった。
女性の霊は、心霊配信に訪れていたタケハルやレイレイたちを『テレビ局の方』だと勘違いしているのだ。
結羽は笑みを浮かべたまま首を振った。
「違いますよ。私たちは、撮影するためじゃなくて、お話をしたくてここに来たんです」
「お話って、私のように死んだ者と?」
「はい」
結羽が答えると、女性の霊は訝しげな表情を浮かべた。
女性の霊は、見た目は30歳前後の姿をしており、落ち着きのある雰囲気を醸し出している。ただ、どういうわけか、女性の霊が履いているロングスカートが少しばかり裂けてスリットのようになっていた。
「この辺りは昔から評判が良くない地区なの。過去に犯罪も起きてるわ。女性2人だけでトンネルに入って来ちゃダメよ」
女性の霊は、まるで子供を諭すような口調で、結羽にすぐ帰るよう、促した。
「はい、用事だけ済ませたらすぐに帰ります」
「用事って何かしら?」
結羽は、隣にいる可南に顔を向けた。可南の表情が強ばっている。
「私の隣にいる可南さんの依頼で女井戸に来たんです」
結羽は、女性の霊に可南を紹介した。女性の霊は可南に顔を向けると会釈したが、可南にはそれが見えていない。
「ゆ、結羽さん。いま目の前に幽霊がいるんだよね?」
少し怯え気味の可南に向かって、結羽は笑みを浮かべながら頷いた。
「大丈夫です。悪い霊じゃないから。むしろ、私たちよりしっかりしてそうな大人の女性です。いま、その方に可南さんを紹介したら可南さんに会釈してましたよ」
「そうなんだ······」
可南はそう答えると、闇に向かって会釈した。
女性の霊は、結羽に顔を戻した。
「依頼を受けた、ということは結羽さんは霊媒師なの?」
女性の霊が、いくらか警戒した様子で結羽に尋ねた。それに対して、結羽は照れた表情を浮かべた。
「霊媒師だなんて······私、そんな力はないです。ただ、霊とコミュニケーションがとれるだけの慰霊師です」
「慰霊師?」
「はい。霊を慰めて心霊現象を解決するお仕事です」
結羽の返答を受けた女性の霊は、クスッと笑みを浮かべた。
「そうなんだ。てっきり、私たちをお祓いしに来たのかな、と思ったわ」
「私たち? 他にも誰かいるんですか?」
「このトンネル周辺には、私の友達が何人かいるわ」
「もしかして、その中に、町村涼子さんっていますか?」
結羽の顔からは笑みが消え、真剣な眼差しで女性の霊を見つめている。
「町村涼子? 涼子のことかな」
「はい。数年前に、この辺りで殺されてしまった若い女性です」
「ああ。涼子のことね。私の友人だわ」
「そうなんですね! 実は、私の隣にいる可南さんは涼子さんの友人なんです」
結羽は安堵した表情を浮かべながら、女性の霊に伝えた。
霊と会話している結羽の言葉を黙って耳にしていた可南は、その会話内容から町村涼子の霊が女井戸地区にいることを察した。
可南は、結羽の顔を訴えかけるような眼差しで見つめた。
「涼子がいるんだね? 結羽さん、どこにいるか尋ねてもらえない?」
可南の訴えを耳にした結羽は、微笑みながら頷いた。
「その涼子さんは、どこにいるんですか?」
結羽が尋ねると、女性の霊は結羽たちが入ってきたトンネルの入口に顔を向けた。
「その質問に答える前に、私からひとつ聞いてもいいかしら?」
女性の霊からの質問に対して、結羽は「はい」と答えた。
「トンネルの外に男性はいないよね?」
結羽は、女性の霊からの思わぬ質問にクスッと笑みを漏らした。
「トンネルの外に男性なんていませんよ。私と可南さんの2人だけで東京から来たんです」
「そう、それならいいわ。じゃあ、質問に答えるわね。涼子なら、このトンネルの出口あたりにいるわ」
女性の霊は、そう答えながら安堵の表情を浮かべたのだった。
(つづく)




