3- 16 心霊スポットで、こんにちはー!
3日後の月曜日、午前11時。
女井戸坂駐車場。
青色の軽自動車ハスラーの助手席側ドアがゆっくりと開くと、真っ白なスニーカーがあらわれて地面を踏んだ。助手席から降りたのは、結羽だ。水色の薄手のジャケットに紺色のジーンズを履いている。
一方の運転席側からは可南が降りた。可南は黒いTシャツに紺色のスキニージーンズ、白いスニーカー姿だ。
可南の愛車である青色のハスラーは、車3台分のスペースがある土が露出した空き地に駐車されている。空き地周辺は緑の深い森に囲まれ、頭上には勝手放題に伸びきった枝葉がドームのように覆って太陽の光を遮っている。
車を降りた結羽は、深く息を吸った。森の香りと冷んやりした清々しい空気が結羽の胸を満たしていく。
「あー、空気が綺麗」
結羽が爽快な気分に浸っていると、可南も深呼吸した。しかし、可南の表情からは結羽のような爽快感は見られない。
可南は、傷んで凸凹になったアスファルトの坂道を無言のまま見つめた。そして、何かを探すように周辺の森を見渡した。
今ふたりがいるこの女井戸坂の森は、数年前に可南の親友・町村涼子が殺害された場所だった。
結羽は、可南が運転する車に乗って関東の山岳地帯にある女井戸地区へやって来た。
都内から高速道路を走り、インターチェンジを降りてからは交通量が少ない県道の山道を走ってきた。
女井戸地区までの移動中、結羽と可南は楽しく雑談していた。しかし、女井戸地区に近づくにつれて2人の会話は少なくなっていた。
可南は、上り坂の先を見つめたまま黙り込んでいる。
「可南さん。この坂の先に女井戸トンネルがあるんですよね」
「うん」
結羽からの問いかけに、可南は言葉少なめに頷いた。
結羽は可南の顔を一瞥した。可南は、緊張しているように見えた。
「じゃあ、結羽さん。行きましょうか」
「はい」
結羽と可南は上り坂を歩き始めた。
森に囲まれた女井戸坂は、夏だというのに肌寒い。深い森のせいで太陽光がなかなか地面に届いてくれないのもあるが、過去に悲惨な事件があった場所だからか独特の雰囲気を漂わせている。
実際、結羽は女井戸坂を歩きながら、ときどき振り返ったり、遠くの一点を見つめたりを繰り返している。当然、結羽の異変に可南は気がついていた。
「結羽さん、何か見えるの?」
「はい。でも、今回の件とは関係がないみたいです」
平然と答えた結羽には見えていた。
森の中から結羽たちをぼんやりと見つめるお爺さんの霊や学生服を着た男子中学生の霊、他には小さな鳥やタヌキの霊なども確認できた。ただ、そういった霊たちは危害を及ぼさないので、結羽は見て見ぬふりをしていた。
5分も歩くと女井戸トンネルの入口に到着した。そこは、タケハルやレイレイ、霊騎士ら心霊配信者が訪れた場所だ。
(思ったより大きい······)
結羽は、黒ずんだコンクリートのトンネル入口を見渡した。心霊配信でしか見たことがなかった女井戸トンネルは、より古く、より大きい。
結羽と可南はトンネルの入口に立つと、トンネル内部のはるか先を見つめた。冷んやりする。まるで晩秋のような冷気が、トンネルの闇から触手を伸ばして結羽たちの肌に触れているようだ。
「結羽さん、どう?」
可南は、何かを期待するかのような眼差しで結羽の横顔を見つめた。
結羽は、黙ったままだ。
戦後まもない頃に造られた女井戸トンネルの長さは2km。途中には緩いカーブがあるので、入口からは出口が見えない。トンネル内に照明はなく、昼間でも真っ暗闇だ。
結羽はトンネル内の闇をじっと見つめ、大きく息を吸い込んだ。
「こんにちはー!」
突然、結羽はトンネル内の闇に向かって明るく大きな声を出した。結羽の声が闇の中で響き渡る。
突然の結羽による挨拶に、可南は驚いて結羽の横顔をまじまじと見つめた。
「どうしたの? 結羽さん」
「挨拶しました」
「挨拶?」
「はい。霊も人間と同じようにテリトリーがあるんです。今回の私たちは、よそから来た訪問者です。だから、挨拶をしたんです。それに······」
「それに?」
「私たちは心霊配信をしに来たわけじゃないんです。ここにいる霊に会いに来たんです」
結羽は可南を見つめながら笑顔で答えた。可南は結羽の言葉に納得すると、何度か頷いた。
結羽は、再び、トンネル内に向かって大きな声で挨拶をした。今度は、可南もそれに続いた。しかし、トンネルの闇からは、何も反応はない。
森の枝葉が風に揺れる微かな音と、遠くからセミの鳴き声が聞こえるだけだ。
「静かだね」
可南は呟いた。結羽は頷くと、右手に持っていた懐中電灯を可南に見せた。
「トンネルに入りましょう」
結羽が懐中電灯の光を灯すと、可南は無言で頷いた。2人は落ち葉や枝が散乱する傷んだ道を、メリッメリッと小さな足音をたてながらトンネルへ入っていく。
白い懐中電灯の光が前方の内壁を伝いながら移動していく。それを追いかけるようにして結羽と可南が続く。そのとき、結羽が照らす懐中電灯の光が内壁の卑猥な落書きを捉えたが、2人は無視して先へ進んでいった。
トンネルに入って100mほど進んだとき、突然、結羽が足を止めた。結羽は懐中電灯の光を前方に向けている。しかし、その光は闇に吸い込まれてしまっていた。
可南が緊張した表情で結羽の横顔を見つめた。
「結羽さん。どうかした?」
「気配がする。誰かが近づいてくる······」
結羽は前方の暗闇を、じっと見つめた。
(つづく)




