3- 14 新宿の喫茶店にあらわれた人
動画配信サイトに登録されているアカウント『可南』からメールを通して依頼を受けた結羽。その後、結羽と可南は何度かメールを交わしたあと、2人は新宿で会うことになった。結羽が、女井戸トンネルを訪れる前に可南との“打ち合わせ”を望んだからだった。
2日後の金曜日。
土日をメインにハンバーガーショップでアルバイトをしている結羽は、平日しか休んでいない。そのため、可南と会う日を金曜日の昼間に選んだが、待ち合わせの場所は可南が指定した喫茶店に決まった。
いつもならスカートを履いていく結羽だが、今回はジーンズを選んだ。相手は女性名とは言え、会ってみなければ分からない。もしかしたら、下心をもった男が出会い目的で結羽に偽りの依頼をしてきた可能性もある。
待ち合わせの喫茶店は、新宿駅東口から徒歩5分ほどの大通り沿いの雑居ビル1階にあった。
午後1時45分、地下鉄で新宿までやってきた結羽は、約束の15分前に喫茶店『かぐら』に到着した。
左肩に白猫の霊を乗せた結羽は、喫茶店『かぐら』の焦茶色した木製ドアを開けて店内へ入った。
店内はテーブル席が4つ、他はカウンター席という小さくて昭和の雰囲気が漂うレトロな佇まいだ。見た目こそ古いが、上品な木の香りが結羽の鼻を優しく撫でた。
店内には、客はひとりもいない。
結羽は、店の奥から響いた「いらっしゃいませー」という可憐な女性の声に背中を押されるようにして窓側のテーブル席に座った。
結羽がテーブルに置かれたB5サイズのメニューを手にして見ていると、ウェイトレスの女性が冷えた水の入ったコップを運んできた。それに気がついた結羽は、ウェイトレスに顔を向けた。
ウェイトレスは20代半ばくらいのポニーテール姿で、黒いブラウスに白いエプロンをかけ紺色のジーンズを履いている。いかにも、アルバイトといった感じだ。
「慰霊師、ゆうはさんですね?」
突然、ウェイトレスの女性が結羽に声をかけた。驚いた結羽は「はい!」と素早く反応すると、ウェイトレスの女性を見つめながら何度か瞬きをした。すると、ウェイトレスの女性は微笑みながら会釈した。
「女井戸トンネルの件で依頼した可南です」
結羽は、依頼者が喫茶店『かぐら』のウェイトレスだと知って驚くと同時に、アカウント名『可南』が本物の女性だと分かり安心した。
結羽は安堵の笑みを浮かべると、立ち上がって可南に会釈した。
「慰霊師として活動しています、安堂結羽です」
結羽と可南は笑顔で自己紹介を交わした。
「私、ここで働いてるんです。マスターには事情を説明してあるから、ゆっくりお話しましょう」
「そうだったんですね!」
「せっかくだから何か飲み物でもどうですか? もちろん、マスターからのサービスですよ」
可南が親しげな笑みを結羽に向けると、結羽は微笑みながら頷き、メニューを一瞥してからアップルティーを選んだ。
可南はテーブルから離れると、すぐに冷たいアップルティーを手にして戻ってきた。テーブルに戻ってきた可南は、白いエプロンを外していた。
可南は結羽と向かい合うように座るとスマホを取り出し、スマホ画面を結羽に見せた。
「これ、私のアカウント。可南です」
可南は動画配信サイトに登録しているアカウントのプロフィール画像を見せた。プロフィール画像はマンチカンになっている。結羽はそのプロフィール画像の猫に見覚えがあった。
「マンチカン、可愛いですよね」
「そうなんです。これ、うちで飼ってる猫なんですよ」
結羽と可南は、猫の話題に入るとすぐに仲良く話し始めた。結羽の左肩に座っているホイップは、仲良く会話している2人を見つめながら退屈そうに大きなあくびをした。
初対面である可南に親しみやすさを感じた結羽だが、相手は仕事の依頼者だ、ということを思い出し本題に入ることにした。
「可南さんは、どうして女井戸トンネルに強い関心がおありなんですか?」
結羽は単刀直入に尋ねた。すると、可南の表情から笑みが消えた。
「結羽さん、女井戸トンネルで数年前に起きた殺人事件のこと知ってますか?」
「はい。あのとき、私は高校生だったんですけど、よく覚えてます」
「そのときの被害者、実は、私の親友だったんです」
「えっ!」
数年前に女井戸トンネルで発生した殺人事件の被害者が可南の友人だと知った結羽は驚いて目を見開いた。その瞬間、心霊配信者たちが巻き込まれた奇怪な事故原因に対して、なぜ可南が強い関心を抱いているのか分かった気がした。
(そっか。だから、霊が見える私と女井戸トンネルに行きたがってるんだね······)
結羽は、自分より少し年上の可南の瞳が悲しみを帯びていくのを静かに見つめた。
(つづく)




