3-7 二度目の女井戸トンネル
レイレイが持つスマホのカメラは、女井戸トンネルに向けられている。トンネル内は先が見えないほど暗く、どこまで続くトンネルなのか、配信映像を見ている視聴者たちには見当がつかない。
レイレイの心霊配信を見ている結羽は、女井戸トンネルを訪れたことはなかった。むしろ、女井戸トンネルのような心霊スポットを訪れる気さえ全くない。なぜなら、霊が見える結羽にとって、霊は街のいたるところで目にするので心霊スポットへ行く必要がないのだ。ただ、心霊配信を見るのは好きだった。様々な事情を抱えた霊を見ることは、結羽の好奇心を満たした。
今回のレイレイによる心霊配信によって『慰霊師·ゆうは』のアカウントが視聴者たちの目に触れることになった。レイレイ自身も、視聴者に“霊が見える人”がいることでテンションが上がっているようだ。一方の結羽も『慰霊師·ゆうは』を世間に知ってもらうチャンスなので、視聴者としてレイレイに協力しようと決めていた。
レイレイがカメラをトンネル内に向けながら視聴者たちからのコメントに対応しているとき、結羽はトンネルの闇の中で何かが動いたことに気がついた。
(なんだろう? コウモリかな?)
ベッドに横たわりながらスマホ画面をじっと見つめる結羽。トンネル内を10秒ほど見つめ続けたとき、闇の中で動く存在の正体が分かった。
「あ! あのときの霊だ!」
トンネル内で動いていたのは、白いブラウスと水色のロングスカート姿の女性の霊だった。タケハルの心霊配信のときに現れた霊と同じだ。
女性の霊は、トンネルの奥からレイレイに向かって歩を進めてきた。それを見た結羽は、レイレイに伝えるべきか迷った。
(レイレイさんに霊が近づいていることを教えた方が良いかな? でも、教えたところでレイレイさんはそれを確認できるわけじゃないし······)
結羽がスマホ画面を見つめながら考え込んでいると、レイレイが起動させている GHOSTVOICE が反応した。同時に、微かな女性の声が聞こえた。
『何をしに来たのですか?』
「女性ひとりで、こんなところで何をしてるの?」
GHOSTVOICE から発せられた音声はシンプルな言葉だったが、女性の霊から発せられた言葉はGHOSTVOICEより人間味のあるものだった。
女性の霊は、レイレイを不思議そうに見つめてる。そのとき、結羽は初めて女性の霊の顔をハッキリと見ることができた。セミロングの髪型は昭和を思わせるものであり、その顔立ちは美しかった。
「この霊の髪型やファッションは最近のものじゃない。ということは、昭和の頃に亡くなったのかな? だとしたら、数年前の殺人事件の被害者じゃないってことだよね······」
結羽はスマホ画面に映っている女性の霊を見つめながら思考をめぐらした。しかし、考えるのをやめた。
(今の私はただの視聴者なんだから、深く考える必要なんてないよね)
結羽は、慰霊師として依頼を受けているわけではなく、心霊配信の視聴者にすぎないのだ。今、スマホ画面の中に映り込んでいる霊の素性を“真剣に”探ったところで、それは単なる好奇心を満たすだけだと気づいた。
『GHOSTVOICEに、何をしに来たの? と聞かれたので答えます。心霊配信をしに来ました』
深夜の山奥にレイレイの明るい声が響いた。
レイレイがGHOSTVOICEからの音声に答えると、女性の霊が首を傾げた。
結羽は、レイレイの近くで突っ立っている女性の霊が怪しい動きをしないか注視した。
(タケハルさんが自動車事故を起こした原因が、この女性の霊の仕業だとしたら······レイレイさんも危ない)
結羽は、レイレイに警告を発することにした。
『レイレイさん、近くに女性の霊がいます』
結羽のコメントがライブチャットに表示されると、他の視聴者たちが騒ぎ始めた。
『ゆうはさん、本当に霊が見えるんですか?』
『レイレイさん、逃げて』
『似非霊能者がいる』
『AI心霊カメラ』
『霊なんているわけない』
次々と流れてくる視聴者たちのコメントによって、結羽からの警告コメントは瞬く間に流れ去ってしまった。
「せっかくコメントしても、すぐアンチが出てくるから嫌なのよ」
結羽はスマホ画面を見つめながら、やれやれ、とばかりにため息をついた。
『せっかく心霊スポットとして有名な女井戸トンネルにやって来たので、これからトンネルに入りますねー!』
レイレイは、賑やかになったライブチャットを気にすることなく、再び歩き始める。やがて、トンネル内に足を踏み入れると、懐中電灯の光をトンネルの奥に向けた。
『このトンネル、確か、けっこう長いんだよねー』
レイレイがトンネル内を進みながら懐中電灯の光を右側の内壁に向けた。そのとき、女性の霊がゆっくりと歩いているのが、結羽には見えた。
「あの霊は何がしたいんだろ······」
結羽がスマホ画面を見つめながら呟いたときだった。突然、トンネル内に女性の悲鳴が響き渡った。
(つづく)




