3-3 幽霊を撮る『AI心霊カメラ』
結羽が再びスマホ画面に目を向けると、心霊配信者タケハルは黙々と女井戸トンネルを進んでいた。懐中電灯で照らされたトンネル内には誰もいない。しかし、結羽には見えていた。女性の霊がタケハルの数メートル先を歩いている。
「あの霊、まるでタケハルをどこかに連れていきたいみたい」
結羽は、生配信中のスマホ画面を注視しながら呟いた。
『よし、じゃあ、ここでAI心霊カメラを使ってみる!』
タケハルはトンネル内で歩みを止めた。すると、生配信中の画面に指先のような模様が現れ、点滅を始めた。それはAI心霊カメラを起動させたときに現れるマークだった。
結羽は、頷いた。
「今ここで、AI心霊カメラを使えば女性の霊が写るはず」
結羽は、私には見えている霊がAI心霊カメラを通して視聴者にも見えるはずだ、と期待した。
この『AI心霊カメラ』は動画配信サイトに備わっている機能のひとつで、被写体をAIが撮影してイラスト化する。ただ、どういうわけか、誰もいない空間に向けて使用すると、無人のはずなのにAIは「人がいる」と認識して人の姿を描くことがある。そのため、一部の人々は「これは幽霊だ」と解釈し、『AI心霊カメラ』と呼ぶようになった。
タケハルはトンネル内の通路を懐中電灯で照らしながらAI心霊カメラで撮影した。
「あ、そっちじゃないのに」
霊が見える結羽からしたら、タケハルは女性の霊がいない方向に向けて撮影していた。案の定、AI心霊カメラには何も撮り描かれなかった。
結羽は、すぐにライブチャットにコメントを入力、送信した。
『もっと右側に向けて撮影お願いします』
結羽がコメントを送ると、動画配信中の画面にそれが表示された。タケハルはすぐに結羽からのコメントを読み上げると、結羽の指示通りに、AI心霊カメラを右側に向けて撮影した。まさに、その方向には、結羽には見えている女性の霊が立っていた。
結羽の指摘どおり、AI心霊カメラはトンネル内で立つ長い髪の女性の姿をイラストとして描いた。イラスト化された女性は、白い服と水色のロングスカート姿だった。
『いるね。女の子が目の前にいる』
タケハルが緊張を込めた低い声で呟くと、ライブチャットのコメントには視聴者たちからの「怖い!」「幽霊だ」といった恐怖の反応がしばらく続いた。
『ユーハさんは本当に霊が見えるっぽいね』
タケハルから自分のアカウント名を呼んでもらえた結羽は嬉しく思いながらも、悪霊を目の前にしているタケハルを思い複雑な気持ちになった。
「霊が見えるとか、そんなことどうでもいいの! 早くそこから離れたほうがいいよ!」
結羽はスマホ画面に向かってタケハルに警告したものの、彼女の声が心霊配信者に届くわけではなかった。ライブチャットにコメントしないと、言いたいことが心霊配信者に伝わらないのだ。
『くしゅん!』
そのとき、突然、タケハルが大きなくしゃみをした。すると、タケハルの体調を心配する視聴者たちのコメントがライブチャットに流れた。
『みんな、心配してくれてありがとう。実は今、ちょっと風邪気味なんだよね』
タケハルは、トンネルの壁を映しながら鼻をすすった。
心霊配信者タケハルは、自分の顔を晒さない。そのため、視聴者たちの間では、容姿を晒さないタケハルはミステリアスな存在でもあった。
「風邪ひいてるんだったら、もう帰りなよ」
結羽はスマホ画面に向かって呟いた。
結羽はタケハルのファンではないものの、数ある心霊配信の中では最も興味深いチャンネルとして彼を応援していた。
『やっぱり、ちょっと寒気するから引き返すよ』
タケハルは視聴者にそう伝えると、来た道を引き返した。そのときだった。突然、タケハルが撮影している動画が左右に激しく乱れた。
『今、女の人の声が聞こえた!』
タケハルが興奮しながら声を上げた。ほぼ同時にタケハルの声がトンネル内に響く。それを耳にした結羽は頷いた。
「うん、私にも聞こえた。あの女性の霊が『行かないで』と言ったね」
『行かないで、という声が聞こえたけど······みんなにも聞こえた?』
タケハルは、結羽が耳にした霊からの言葉と同じ言葉を視聴者に伝えた。
『ヤバい。鳥肌たってきた······』
タケハルがそう呟いた直後、突然、動画が停止した。映像はトンネルの壁を映し出したまま固まっている。
動画配信中、電波状況が悪くなると動画が不安定になり映像が一時的に停止することがある。しかし、今回の場合、電波状況は悪くはなく、その前兆もなかった。
「フリーズした原因は、あの女性の霊に間違いないわ」
結羽は、動画配信が停止したのは、タケハルに声をかけた女性の霊が原因だと読んでいた。
トンネルの壁を映したまま止まっている配信画面には、視聴者からの心配するコメントが次々と流れている。視聴者のひとりである結羽は、停止中の配信画面に奇妙なものが映り込んでいることに気がついた。
それは女性らしき手だった。配信画面の右端に映り込んでいる女性の右手。結羽はすぐに、あの女性の手だ、と確信した。
(つづく)




