3-2 心霊配信者 タケハル
アルバイト先であるショッピングモールを離れた結羽は“行きつけ”の公園に立ち寄った。そこは、水と緑に溢れた広い公園であり、都民の憩いの場になっている。慰霊師としての相棒である白猫の霊と初めて出会った場所でもある。
結羽は大通りの歩道から公園の敷地内に入ると、何かを探すように周りを見渡した。公園内には散歩やジョギングをする人々で溢れている。そのほとんどは人だったが、全身が透き通った姿の存在も見られた。
「ゆうは」
突然、結羽を呼ぶ声が背後から聞こえた。結羽が振り返ると、視線の先にある芝生には白猫の霊であるホイップが座っていた。
「ホイップ、迎えに来たよ。帰ろ」
結羽が安堵の笑みを浮かべながら屈むと、ホイップは素早く彼女の左肩に飛び移った。
「ぼく、おなかすいた」
「アパートへ戻ったらツナ缶をあげるね」
結羽は左肩のホイップに微笑みながら一瞥すると、アパートへの帰途についた。
帰宅した結羽は、約束通りツナ缶をホイップに与えた。
ツナを小皿に小さく盛って床に置く。すると、ホイップは食べ始める。しかし、ホイップは霊なので実際にツナを食べることはない。そのため、小皿に盛られたツナが減ることはなかった。
ホイップは『ツナを食べる』という行動を通して、物理的には食べていなくても、生前からの名残りである食欲が満たされるのだった。
夜が更けた頃、結羽はベッドに横たわってスマホの画面を食い入るように見つめていた。その隣ではホイップが、まるで彫像のように微動だにしないで眠っている。
「今夜の心霊配信は、女井戸トンネルかあ。心霊スポットとして有名だもんね」
結羽は、スマホで動画配信サイトを見ていた。それは『心霊配信』と呼ばれるもので、動画配信者が心霊スポットを訪れながら生配信する。心霊やオカルト好きには人気があるジャンルだ。
『トンネルが見えてきた。ここは旧道だから、ほとんど車が走らない』
結羽が見つめるスマホ画面の中で、動画配信者であるタケハルが懐中電灯を照らしながら山道を独りで歩いている。
「タケハル、気をつけてよ。女井戸トンネルは危ないんだからさ」
結羽は、動画配信サイトでフォローしているタケハルの身を案じながら呟いた。
女井戸トンネル。関東某所にある心霊スポット。その名前の由来は、江戸時代に若い女性たちが井戸に落とされた事件からきている。最近になって、女井戸トンネル付近では原因不明の事故が続発。死亡事故も起きていた。
『女井戸トンネルの入口まで来た。道幅は狭くて車が何とか通れるくらいだ。トンネルの中は照明がなくて真っ暗······』
タケハルは女井戸トンネルの内部を懐中電灯で照らしたが、その光線の先はトンネル内の闇に吸い込まれるように消えていく。
『オレ、ここは初めて来るんだけど······他の心霊スポットにはない雰囲気がある』
タケハルは、ジンバルに取り付けられたスマホをトンネル周辺に向けた。トンネル入口の両側は雑草が生い茂っている。そのとき、スマホ画面を見つめていた結羽が何かに気づいてピクリと両肩を動かした。
「あ、トンネル入口にいるよ。タケハル、気をつけて」
結羽には見えていた。トンネル入口の右側には、20代くらいの女性の霊が突っ立っており、動画配信中のタケハルを無表情で見つめている。女性の霊は、長い黒髪で薄汚れた白いブラウス、水色のロングスカートを履いている。しかし、そのスカートはボロボロに切り裂かれており、美しく長い脚が露わになっていた。
『なんか、急に寒気がしてきた······』
タケハルがトンネル入口周辺を懐中電灯で照らしながら呟く。結羽には女性の霊が見えていたが、霊感がないタケハルには見えていない。
結羽は、嫌な予感がした。
「この女の人、殺されたんだわ。どす黒い感情を放ってる」
タケハルを見つめているのが悪霊だと見抜いた結羽は、すぐにライブチャットを通してコメントを送ることにした。
『近くに霊がいるから逃げてください』
動画配信中の画面に、結羽が送ったコメントが表示された。
『近くに霊がいる? それが本当ならヤバいな』
タケハルも動画配信をしながらスマホの画面を見ているので、視聴者たちから送られたコメントをリアルタイムで見ることができる。
タケハルは結羽からの警告を無視すると、他の視聴者たちからのコメントの対応を続けていった。
「あーあ、無視されちゃった」
結羽はスマホを見つめながら残念そうに唸った。
『では、トンネルに入ってみます』
タケハルは意を決すると、先が見えない女井戸トンネルに足を踏み入れた。
結羽が見ているスマホ画面には懐中電灯に照らされたトンネルの壁面が映し出されている。トンネル内部の壁面は灰色だが、長い年月により水が染み出した跡が所々に残っており不気味な模様を残している。
次の瞬間、トンネル入口にあらわれていた女性の霊がタケハルを追い抜き、トンネル奥深くの闇へと消えていった。
「あの女の人、服装が乱れていたけど、もしかして······」
結羽はスマホ画面から目を離すと、天井を見上げながらため息をついた。
(つづく)




