053 帰還していく英傑たち。
チャツカテト王国の謁見の間にて、国王は吉報を待っていた。
「予定外の出来事は多かったが、もうすぐワシの時代が来る……」
公国との関係など今はどうでもいい。
失った物はあったが、新たな魔王の遺産さえ手に入れば些事だろう。
「しかしなんだ……ここは寒いな」
突貫工事で修繕されたせいか、隙間風が入ってきている気がする。
それがわかっているのか、宰相のアレックスは暖かそうな上着を着ていた。
「お前は暖かそうだな」
「恐縮です」
「言葉より必要な配慮があると思わんか?」
「脱げと……?」
宰相は露骨に嫌な顔をした。
「違う、そうじゃない。ワシの分も用意すればいいだけじゃろう」
「し、しかしこれは娘が選んでくれたものでして……」
「同じものを用意しろとは言っておらんじゃろう!」
体温より血圧の上がる国王を他所に、暗部が宰相の元へ忍び寄る。
「む……そうか。王よ、報告がございます」
国王は、それが何の報告か察し玉座に座りなおす。
寒いのは辛いが、これは歴史的瞬間になるのだ。
「ふむ、話せ」
「王国軍は壊滅、敗走すら許されず公国内で捕虜となったようです」
「…………は?」
王は言っている意味がわからず硬直した。
「では私はお暇をいただきますので、これにて失礼します」
退室しようとする宰相だったが、王は我に返り回り込む。
「待て待て待て待てぃっ!」
「嫌です! 私は領地に戻ってやることがあるんです!」
「さては亡命するつもりじゃな!? よしわかった、お前に国王の座を譲ろう!」
「いりませんよ! どう考えても滅亡ルートまっしぐらじゃないですか!」
「貴様、不敬罪じゃぞ!」
「わかりました、では私は国外追放されます!」
2人が揉める中、城を守る騎士たちはそろりそろりとその場を後にする。
(逃げるなら今の内か……)
最近では給金すらままならない財政だったため、そこに忠誠心など残っていなかった。
「む、いや待てよ……」
何かを閃いたのか、王は宰相から手を放す。
「そうだ、まだ可能性は残っておるではないか」
王は、王冠についた宝石を徐に外した。
それを見て、宰相も何かに気づく。
「まさかそれは……」
「ふふん、最高品質の魔石じゃよ。これがあれば一人ぐらいは召喚できるじゃろう」
王は不敵な笑みを浮かべていた……。
◇ ◇ ◇ ◇
真実を聞かされた勇人は徐々に赤面し、小さく体育座りしていた。
「べ、別に勇者に憧れたりとかしてないし……」
「う、うん……まぁそんなに気にするなよ」
健吾は元々こちらも話すつもりではあったが、思わぬタイミングになってしまった。
「この分だと南さんには伝えないほうが……って手遅れか」
南は横になったまま、手で顔を覆っていた。
「っと、いつまでも恥ずかしがってる場合じゃないな」
勇人は立ち上がると、華蓮へと向き直った。
「桜田さん……本当に魔王なのか?」
「そだよー。って言っても、信じろってほうが難しいっしょ?」
「それは……」
ここまで素直に話を信じた勇人だったが、華蓮の正体だけはどうしても半信半疑だった。
「……いや、疑ってもしょうがないな。バウアーも小さくなっただけでそっくりだし……」
「ふんっ、お前程度では魔王様の力に気づけんのは仕方あるまい」
「あーそっか、久々だから魔力ダダ洩れだったよ」
そう言って、華蓮は自身の魔力を抑え込んでいく。
「――ッ!?」
ガクンと、勇人は膝から力が抜ける。
(な、なんだこのプレッシャーは……!?)
勇人は華蓮を直視することができなかった。
あれほど圧倒的な存在に思えたバウアーすら上回る死の気配に、体の震えが止まらない。
「勇人っちにもわかるように、力を抑え込んでみました。どんな感じ?」
「抑え込んだ……?」
理解はできないが、納得するしかなかった。
「ははっ、僕はこんな力と戦わなければならなかったのか」
木の枝で核兵器と戦うようなものじゃないか。
「んー、戦ってみる?」
「冗談はやめてくれ。僕じゃ相手にならないよ」
彼女に剣を向けることすらおこがましい行為だろう。
「そっかー、そうなるとちょっと帰る方法を考え直さないとねー」
「え……? あっ、魔王を倒さないと元の世界へは帰れない……」
一瞬、勇人はあまりの絶望感に青ざめた。
「あーそういうのじゃないよ。別にあーしが死んだところで帰れるわけじゃないから」
「そ、そうか……良かった」
ホッと胸をなでおろす。
「でも、そうなると帰る方法って……?」
「そうだなー……ま、やっぱり紅たんが適任っしょ」
「んぁ?」
突然話題に上がってしまったので間抜けな声が出てしまった。
「紅たんさぁ、あーしと戦ってくれる?」
「……ん?」
一緒に戦ってくれってことかな。
「誰と戦えばいいの?」
「あーそういうことじゃなくてね……ま、説明するより行動で示したほうが早いか」
華蓮の言っていることが理解できないでいると、一瞬ゾクッと体が震えた。
考えるよりも早く、紅葉は僅かに重心を後ろに傾ける。
「こういうことだよ!」
華蓮はシンプルな魔力の塊を、紅葉へと放った――――
その時、グリ公は初めて目撃する。
咄嗟に防御の姿勢を取った紅葉の姿を……。
「紅葉ッ! 華蓮、一体何を……!?」
刹那の出来事だったが、グリ公はしっかりと理解していた。
華蓮が紅葉を攻撃したのだと。
「力がさ、必要なんだよね」
華蓮はさらに魔力を練り上げる。
「いたたぁ……急に何すんのよ!」
起き上がる紅葉を見て、華蓮は眉をひそめた。
「ちょっと加減しすぎたかな」
「……っ!?」
追い打ちをかけるように放たれた魔力に、紅葉の直感が告げる。
それは紅葉が初めて感じるものだった。
変身しなければ、ただでは済まないと――――
「――簡略変身ッ!」
変身と同時に、迫る魔力を上空へと蹴り上げた。
「マナー違反だよ華蓮。ここまで雑な変身、さすがに私も初めてなんだけど」
「ごめんねルージュっち、でも説明が難しいからさ」
華蓮の髪色が白く染まっていくと、気配がさらに一段階変化する。
「それで? 強引に変身させたからには、目的があるんだよね?」
「もちろん、帰るためだよ」
2人の姿が同時に消える。
――否、消えたように錯覚した。
「――上っ!?」
真っ先に気づいたのはヴァネッサだった。
空では二つの影が幾たびも交差し、空気の破裂するような衝撃と音が響き渡っている。
「戦いにくそうだねルージュっち」
「そりゃ華蓮と違って飛べないからね」
傍から見れば、ルージュは不自由さを感じさせない動きで、見えない何かを踏み台に跳び回っている。
先に地上に降りたのは華蓮だった。
「じゃあこっちのほうが全力出せるっしょ」
「何その気遣い。ちょっとむかつく」
ようやく戦いの手が止まる2人だったが、上空の雲が渦巻くほどの魔力が華蓮に集中し始めると、ルージュも大きく拳を振りかぶる。
「手加減いらないからね」
「後悔しても知らないよ?」
何が起こるか察し、グリ公は慌てて大声を上げた。
「みんな伏せてぇぇぇッ!」
――シャープネス・ディメンション!
――ルージュ・ジョノサイドインパクト!
鋭利な魔力と、赤い閃光が交差する――――
しかし、その衝撃はいつまで待っても訪れることはなかった。
代わりに、その場に空間が歪んだような靄が現れる。
「ふぅ、上手くいったね。それ、元の世界に繋いどいたから」
伏せる態勢だった健吾たちは、元の世界と聞いて立ち上がる。
「元の世界って……え、どういうこと?」
「いやぁいくらあーしでも、別の世界とゲートを繋げるのは簡単じゃなくてさー。ルージュっちの一撃で強引にこじ開けちった」
普段通りの軽い口調だったため、健吾たちは本当かどうか判断できなかった。
そんな中、誠は靄に近づいていく。
「おい誠!」
「大丈夫、多分能力を使えるのはこれが最後な気がするから……」
そう言って、誠は靄に舌を這わせた。
触れた感触があるわけではないが、その情報は誠の脳に直接流れていく。
「……うん、本当に元の世界に帰れるみたいだよ」
「マジか……帰れるのか」
「ただ、持って数分だと思うから急いだほうがいいかも」
健吾と勇人は顔を見合わせると、無言で頷き行動を開始する。
「みんな、聞いてくれ――――」
勇人は、クラスメイトたちをまとめ始める。
「不安だと思うけど、まずは俺たちが先に入るから――――」
健吾たちは、二の足を踏むクラスメイトたちを代表して、先に靄へと入っていく。
一人、また一人と帰還していく中、ルージュと華蓮は対峙したまま動かなかった。
「2人ともどうしたの……?」
グリ公の心配を他所に、2人は高揚を隠せなかった。
「数分持つんだ……」
「うん、だからまだ大丈夫っしょ」
体が疼いて仕方がない。
2人とも初めて出会ったのだ……全力を出せる相手に――――




