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052 落ち込む勇者。

「魔王……?」


「んーまた説明すんのめんどいんだけど……そだ」


何かを思いついた華蓮は、勇人の頭にそっと触れた。


「こ、これは……」


「ちゃんと見えてるー?」


勇人の頭に、直接映像が流れてくる。

北の都にある情報局で起こった出来事から、ここに至るまでの出来事が――――


「……は? えっ……」


勇人は、何か信じられないものを見たかのように呆然としている。

そして、ズラーダに恐る恐るあることを尋ねた。


「ズラーダさん……正直に答えてください。国境沿いの街で僕たちが殺したのは、魔物ではなく…………人なんですか?」


ズラーダの顔が、一瞬だけ強張った。


「……何を言っているのです勇者殿。あれは人に擬態して――――」


「人を魔物化する魔法なんでしょう!」


強く睨みつける勇人を見て、ズラーダはため息をついた。


「…………はぁ、ここまでですか」


「じゃ、じゃあ!?」


「えぇそうですよ。異界からの召喚と同様、王国が過去に奪取した魔王の遺産というものです」


「な、なんてことを……うっ」


勇人は自分の手を見て、強い吐き気を覚えた。

口元を抑えると、その肩を健吾が掴む。


「気にするなとは言わないが、お前一人には背負わせねぇよ」


「健吾……」


健吾は何もない空間から剣を取り出すと、それをズラーダに向けた。


「あなたはたしか剣聖の……ふっ、逃げ出した臆病者に私を斬れますかな?」


とはいえ、ズラーダも王国を代表する騎士である。

今の健吾の強さはある程度予測がついていた。

真正面から相手をするのは分が悪いと感じ、周囲に視線を走らせる。


(あの小娘が魔王かどうかはともかく、何か気味が悪いものを感じる。であるならば――――)


ズラーダは、眼鏡をかけた地味そうな少女を人質に取った。


「ふはははっ、先ほどのような油断はしないぞ! この子は聖女と違って癒しの加護もない。つまりどういうことかわかるだろう!」


「あっ……いや、その子はやめたほうが……」


「あちゃー」


健吾や魔王と呼ばれた少女の反応が、思っていたものと違っていた。

恐怖心を煽るため、少女の首元を軽く剣で撫でる。

薄く皮膚を切り裂くと、鮮血が彼らに事の重大さを教え……


「…………ん?」


そもそも撫でた感触がなかった。

それどころか、剣がものすごく軽い。

王国でも指折りの業物が……


「折れ……?」


「なにこのハゲ」


異世界にも痴漢がいるのか、と紅葉は肘で小突いた。


「ぐぼぁッ!」


鎧がズラーダの腹部へめり込むと、白目を向いて膝から崩れ落ちる。

それを見た勇人は、理解が追い付かなかった。


「え……?」


「まぁ驚くよな。俺もちょっと手合わせしてもらったけど、手も足も出なかったよ」


健吾の説明を聞いても理解できなかった。


「そもそも彼女は一体……」


「そ、それはちょっと俺の口から話していいものかわからないんだ」


少し慌てた健吾は、すぐに真剣な表情へと変わった。


「それより、大丈夫か?」


「大丈夫、僕は見ての通りケガ一つしてないよ」


「そっちじゃねぇよ。その……魔物化のほうだ」


「あぁ……」


それは大丈夫、とは言えなかった。

桜田さんに見せられた映像の中で、健吾たちがここに至るまでの経緯も知った。

それを教える覚悟を決めていたことも……。


「僕は人を……」


この手で殺めたのだ。


………………


…………


……


そもそもの戦力差が大きかったのもあるかもしれないが、ズラーダが地に伏し、勇者が戦意を喪失すると、王国軍が崩れるのはあまりにも早かった。

クラスメイトたちはその処遇が決まるまで、警備兵監視の下野営の準備をしている。


「俺たちこれからどうなるんだろ……」

「捕虜ってことになるのかな」

「でも戦争だなんて知らずに参加させられてただけだぜ」

「そんな言い訳通じるのかな?」

「つーか、だったら国境のあの魔物は何なんだよ」


彼らはまだ、勇人から真実を聞かされていない

ヴァネッサも監視の責任者としてその任についているが、なぜか紅葉はその背後に隠れていた。


「なるほど、彼らは師匠と同郷の者たちですか。それでこちらに戻ってこられたのですね」


「まー私はあんまり関係ないんだけどね」


「ではなぜ私の後ろに?」


「変身前の姿を見られちゃまずいのよ」


知らない日本人がいる。

それすなわち魔法少女ルージュしかいないのだ。


「まぁ私は構いませんが……しかし、異界の勇者ですか。少し残念ですね」


「残念?」


「えぇ、あまりにも脆弱でした」


「ふーん……」


紅葉が勇人のほうを見ると、何かを決意したような険しい表情をしていた。

しかしなんだろう……何かが引っかかる。


「何かしっくりこないんだよねぇ」


「珍しく何か考え込んでるね」


相変わらずグリ公は失礼だが、私の耳は常に情報収集をしている。

時折、健吾と勇者の2人から聞こえる【魔物化の魔法】というワードがその一つだ。

紅葉は、グリ公と華蓮を交互に見た。


「……そうか、グリ公だ」


華蓮は、ハゲに捕まっていた女生徒の介抱をしている。

女生徒は意識こそあるものの、どこか疲れ切った顔をしていた。

これなら私のことを気にはしないだろう。


「ねぇ華蓮」


「どしたのくれたん」


「魔物化の魔法でさ、グリ公を本物のグリフォンに変えたりできるのかな?」


カッチョイイ使い魔になったら、他の魔法少女にきっと自慢できるぞ。


「本物も何も、ボクはグリフォンだって言ってるじゃん」


「自称グリフォンはちょっと黙ってて」


紅葉はグリ公の嘴を掴んで黙らせた。


「んー、いくらあーしでも、そんな非人道的な魔法を創るのはちょっと心が痛むっていうか」


「いや、創らなくてももうあるんじゃないの?」


華蓮は首を傾げた。

魔王の癖に知らない魔法があるのだろうか。


どうにも話が食い違っている気がしていると、会話に誠が割り込んできた。


「ちょ、ちょっと待って桜田さん。魔王ケアレンが創ったのは、魔物化の魔法じゃないの!?」


「そんなの創ってないけど?」


華蓮は、今度は逆方向に首を傾げた。


「でも情報局で見た映像は、たしかに魔物が国境沿いの街に……」


ほらほら、私は見てないけど、やっぱりあるんじゃん魔物化の魔法。


「あーあの人間と魔物の位置入れ替える魔法のこと?」


「……へ?」


呆気に取られる誠が隙だらけだったので、紅葉は後ろからスカートを摘み覗き込む。


(……下着は男物か)


何だか見てはいけないものを見てしまった気分。


「さっきあーしが使ってたやつね」


「あっ……あれか……」


誠は、南とバウアーの位置が入れ替わったのを思い出した。


「何で人間と魔物限定なの?」


「条件付けたほうが失敗が少ないんだよね」


そういうものなのか、と納得するしかなかった。


「じゃああの映像の魔物って……」


「多分どこかの魔物のむれと入れ替わったんだろうねー。まぁみんな一緒に入れ替わったなら、飛ばされた先はむしろ安全っしょ」


「……一応聞くけど、情報局でそれを教えてくれなかったのは……?」


「聞かれなかったから」


誠はガクリと項垂れた。。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! じゃあ真実を話す覚悟というのは一体なんだったんだ!?」


話を聞いていたのか、健吾が声を上げた。

健吾だけでなく、一緒だったメンバーと勇人はゴクリと喉を鳴らす。


「皆の職業は、内なる願望だよーって話のことっしょ」


ウィンクする華蓮に、皆脱力した。



――――あぁ、そっちか……。



ただ、何も知らない勇人だけは、困惑したまま首を傾げている。

この後赤面することになるとは知らずに……。

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