051 脅迫された勇者。
勇人は、水の都ジュネーバに攻め込む王国軍を見て、剣を抜くことができないでいた。
「何で……相手は同じ人間じゃないか……」
「何をしているのですか勇者殿、あれは魔物が人に化けているだけです!」
そう言って、ズラーダさんは僕たちに戦うよう指示を出す。
(あれが本当に魔物……?)
たしかにただの兵士でさえかなり強そうに見える。
ただ、状況的にこちらが一方的に攻め込んでいるようにしか見えない。
「ねぇ勇人くん、本当にこれって正しいことなの……?」
「……わからないよ」
南さんの問いに、そう返すことしかできなかった。
他のクラスメイトも、同様に答えを出せないでいる。
(何か……何かがおかしい気がする)
勇人は、その違和感を思い切ってズラーダにぶつけようと思った。
「あの、ズラーダさ――
その言葉は、ズラーダの元に駆け寄った兵士の声で掻き消える。
「隊長! これはどう考えても先遣隊は失敗したのでは?」
「ちっ、魔王の秘術が効果なしとはな。……まぁいい、勇者殿が一皮剥けるには丁度良いだろう」
自分たちにも関係のある話のはずなのに、その内容はよく理解できなかった。
「それにしても水の都の防衛力がこれほどとは……事前情報と違うではないか」
「一人一人の練度が桁違いですね。特に隊長クラスは手に負えません」
「ふむ……ではそちらは勇者殿に任せるとしよう」
兵士とズラーダの視線が勇人へと向く。
「勇者殿、あの外壁の上に立っている者の姿が見えますかな?」
「壁の上……?」
その姿は一人や二人ではなかったが、あきらかに他とは違う装備をしている女性の姿が見えた。
「ひょっとしてあの女の人ですか?」
「えぇそうです。あれはおそらく、魔王軍幹部の者でしょう。巧妙に擬態しておりますが、人ではありませんので容赦はいりません」
そうは言われても、どうしても腑に落ちない。
だってどう見ても普通の人にしか――――
「消えたッ!?」
まるで時間を切り取ったように、突如として女性の姿が消える。
遠目だったから見間違えた……?
「――貴公らが指揮官か?」
背後からの声に咄嗟に振り返ると、そこには剣を構えた先程の女性が立っていた。
「……いや、尋ねる前に自分から名乗るべきだったな。私は都市警備一番隊隊長のヴァネッサだ」
とても攻撃を受けている側とは思えないほど、女性は落ち着いている。
「して、貴公らが指揮官か、あるいは大将首と考えてよいか?」
勇人は剣を向けられると、背筋が凍るような感覚を覚えた。
(この人……強い!)
敵対することは危険な気がする。
ズラーダの判断を仰ごうとすると、彼は剣を握ったまま震えていた。
「あの位置から一瞬で……ご、ご覧になりましたか勇者殿」
「いえ、見えなかったです」
僕にも一瞬で背後に現れたようにしか……。
「そういうことではなくてですね。一瞬で移動する魔法に、このおぞましい殺気……おわかりでしょう?」
よくわからなかった勇人は返答に困った。
魔力の痕跡は感じないし、殺気というよりは強者の放つ威圧感だ。
「勇者……?」
ヴァネッサがピクリと反応する。
(今だ……!)
それを好機と捉えたのか、ズラーダは懐から宝石のようなものを取り出し――――
「……はれ?」
「それは何の魔石だ?」
取り出した宝石は真っ二つに割れていた。
遅れて、フワリと風がズラーダの頬を撫でる。
「む……すまん、被り物だったとは……」
フサッと落ちた髪を見て、勇人は一歩後退る。
(もしかして、今のは斬ったのか……?)
圧倒的な力の差を感じ、退却すべきだと思った。
「勇人くん……」
「南さん、みんなを連れて逃げたほうがいい。戦うべき相手かどうかわからないけど、そもそも僕らが敵う相手じゃないと思う」
「う、うん、そうだよね。みんなに伝えてくる!」
駆け出す南だったが、ズラーダがその行く手を阻む。
「こうなっては致し方ありますまい」
「え……?」
ズラーダは南を拘束し、その首に刃を当てる。
「さぁ勇者殿、戦いなさい。それがあなたに与えられた使命だ」
「ズラーダさん……何を……」
「あなたの力はまだ覚醒しきっていない。ならばこうするまで」
ズラーダの持つ剣が、南の足を貫いた。
「あぁぁぁぁっ!」
「やめろっ!」
剣が引き抜かれると、その傷は徐々に癒えていく。
「聖女は癒しの加護によって守られている。しかし痛覚まで遮断できるわけではない……言っている意味はおわかりでしょう?」
「くっ……」
これは脅迫だ。
そして拒否権は僕にはない。
勇人はヴァネッサに向かって剣を抜き構えた。
「なんとも見苦しいな。キミはそれでいいのか?」
「…………ホーリーソード」
勇人の持つ剣に光の粒子が集まっていく。
ヴァネッサは仕方なく、勇人に対し構えをとった。
(僕の中に眠っている力がまだあるというのなら、今こそ目覚めてくれ――――)
光の粒子は、剣だけでなく勇人の体を包んでいく。
同時に、体の奥底から力が湧いてくるのを感じた。
(これなら……いける!)
構えはそのままに、強く踏み込む。
その瞬間――――何かが重くのしかかり、勇人の体は地に伏した。
「ぅがっ……い、一体何が……」
まるで何人もの人が上に乗っかっているように重い。
一体自分はどんな攻撃を受けたんだ。
ヴァネッサの方を見ると、なぜかあちらも驚いた表情をしていた。
「うぃー、水の都とうちゃくー」
「ちょっと、瞬間移動するならそう言ってよね」
背中の上からは誰かの会話が聞こえる。
しかし確かめようにも、頭から足の先まで下敷きにされているようで身動きが取れない。
「ていうか、何でこんなとこで人が寝てんの」
「いやー寝てるっていうか、ちょっち座標ミスったっていうかー。ごめんね勇人っち」
その声には聞き覚えがあった。
そもそも自分のことを勇人っちなんて呼び方するのは、今まで一人しかいない。
「何でこんな状況になってるのかわからないけど、とりあえずどいてもらえるかな桜田さん」
段々と背中が軽くなっていく。
一体何人乗っていたんだ。
「し、師匠!」
「よ、久しぶり……でもないか」
先程まで相対していたヴァネッサは、見知らぬ少女を師匠と呼んでいた。
その他には、人かどうか怪しい女性に、バウアーによく似た……小人?
後は冒険者風の人が何人か……
「――健吾!?」
「よ、よう。久しぶりだな」
健吾だけじゃない。
現れたのは、行方のわからなかったクラスメイトたちだった。
「みんな無事だったんだな……」
……でも何で僕の上に?
そしてもう一人、見知らぬ少女が混じっている。
「ごめんね相川くん、これってどういう状況なのかな?」
それは中性的な声だった。
でもどこか聞き覚えがあるような気がする。
「えーっと、キミは……」
「江戸川だよ」
「江戸川さん?」
聞き返したら困った顔をされた。
見兼ねた健吾が、勇人に手を貸して立ち上がらせる。
「それで? 何で南さんはあんな状況になってるんだ?」
「実は……」
「ふはははっ、丁度良い加勢ではないですか勇者殿。さぁ、力を合わせて水の都に攻め込むのです!」
ズラーダの声に、勇人は唇を嚙み締めた。
「すまない皆、僕がふがいないばかりに……」
皆と再会できたのは嬉しいが、状況は何も好転していない。
そう思った矢先の出来事だった。
「よくわかんないけど、とりまチェンジで」
桜田さんが指を弾くと、バウアーに似た小人と南さんの位置が入れ替わる。
「え?」
「ちょっ……!」
何が起こったのかわからなかったが、南さんは無事なようだ。
「な、なんだこのちっこいのは」
気味が悪かったのか、ズラーダは小人を投げ捨てる。
小人は半泣きで、桜田さんに向かって駆け寄った。
「何で俺様を使うんだよ!」
「まぁバウっちなら多少のことじゃ死なないし?」
「そりゃないぜ魔王様!」
小人の言葉に、勇人とズラーダはピクリと反応した。
「魔王……?」




