048 敗北を知る魔法少女。
誠は、自身が置かれている状況を整理した。
(建物内を逃走するのは……まず不可能だろうな)
すぐに襲い掛かってこないのは、生け捕りが目的だからか。
であれば交渉の余地はある。
こちらとしても、相川君たちを止めるのはやぶさかではない。
(……でも何か引っかかる)
感じている違和感から可能性を模索しろ。
彼らは僕たちに協力を求めなかった。
それはなぜだ……。
「……公国内にも、王国の息が掛かっている者がいる……?」
誠がボソリとそう漏らすと、カイザーは笑みを浮かべた。
「勘の良い子が混ざっているようだな」
「誠くん伏せてッ!」
陽子は、誠ににじり寄る兵士目掛けて花火を投げた。
同時に健吾たちは一斉に動き始める。
逃げるなら間違いなく窓からだ――――
6人の考えは見事に一致していた。
窓の外も、箒に跨った者に包囲されている。
それでも建物内を逃げるより現実的だ。
――花火が弾けると同時に、全員動き出す……はずだった。
「そ、そんな、私の花火が……」
陽子の花火は、乾いた音をたてて転がり不発に終わる。
今までそんなことは一度もなかった。
「私は荒事は苦手なんだが、どうにも妨害工作だけは得意でね」
カイザーの指先で魔力が躍る。
それは複雑に絡まって掌の上で層を作っていく。
「……ダメッ、外に何人いるのか全然わかんない!」
本人たちは気づいていないが、若菜の能力は真っ先に封じられていた。
でなければ部屋を包囲されていることに、もっと早く気付いたはずだ。
「俺にも経路が見えねぇ……」
屈んで足を抑える隼人は、走るのに最適なルートを視るつもりだった。
これも飛脚としてのスキルなのだが、今は何も見えていない。
「みんな俺の後ろに!」
現状戦えるのは健吾だけである。
とはいえ多勢に無勢……壁際に追い詰められ、結果は火を見るより明らかであった。
「どうする誠……」
「……ごめん、もう捕まった後のことしか考えてないかも」
そう言った誠の表情には、どこかまだ余裕が感じられた。
ならば、自分が剣を振るうのはまだここではないのかもしれない。
剣を下ろす健吾を見て、カイザーは笑顔で近づいた。
「賢い選択だと思うよ。なに、悪い扱いはしないさ」
距離を詰めるカイザーだったが、いまだ微動だにしない華蓮にも声をかけた。
「キミは魔力感知能力が高いようだね。何か気になるものでも見えるのかい?」
「んー? いや、お城けっこう傷んでるなーって思ってさ」
「古い建物だからね……この距離からそれがわかるのか。遠視系のスキルとかかな?」
「そういうのじゃないけどねー。ちょっち用事できたから、あーしはこの辺で失礼しようかな」
ここまでの流れを無視して帰ろうとする華蓮の前に、兵士たちが立ちはだかる。
「あー……まぁ一緒でもいいか」
「無駄なことを……さぁ、キミも観念するんだ」
カイザーの手が華蓮の肩に触れる――――その寸前だった。
周囲の風景がグニャリと捻じ曲がる。
「指定した波長以外の魔力を霧散する術式っぽいけど、わかっちゃうと対処はそんな難しくないんよねー」
「ば、バカな――ッ!」
最後は音もなく、健吾たちとカイザーを巻き込む形で華蓮の姿が消える。
残された兵士たちは、ただただ呆気にとられていた……。
………………
…………
……
紅葉は二択を迫られていた。
右か左か……シンプルな選択肢だが、間違えれば死神の鎌が自身の首にかかることだろう。
まずは右にそっと触れる。
良し悪しはわからないが、なんだか一瞬手から離れた気がした。
次は左に触れる。
掴んでみるとすごくしっくりくる。
なんだか向こうからこちらへと寄り添ってくるかのようだ。
「よし、キミに決めたッ!」
紅葉は勢いよく左のカードを掴み、自分の手札へと加えた。
同時に、その首に死神の鎌がかかる。
「くッ、またババ……」
目の前に座るオリビアは不敵な笑みを浮かべる。
「ふふふっ、まだよ、まだ終わらせないわ」
紅葉はゴクリと喉を鳴らし、オリビアと対峙した。
右か左か……相手に運命を委ねる恐怖が緊張感を生む。
ただ、コウカク、バウアー、アスモデウスの3人はこの状況に少し飽きてきていた。
「このやり取り何回目だろうか」
「いつになったら終わるんだよ」
「最弱を決める戦いほど虚しいものはないな」
グリ公はそんな光景を見てため息をつく。
「はぁ……敵と出会って何でババ抜きなんてしてるんだろ」
「グリ公はわかってないな。昨日の敵は今日も敵だよ」
「だからおかしいって言ってんだよ」
「まぁ待ってなよ。もうすぐ決着がつくから」
オリビアは紅葉のカードをじっくり観察した。
(左……いや右か?)
右に手を掛けると、背筋にゾッと寒気が走った。
カードに触れる手が震える。
生物としての直感が死を連想させるほどだった。
(これを引くのは怖い……)
やはり左にするべきかと触れた手を離すと、オリビアはとあることに気が付いた。
(……左のカードだけくたびれている?)
それは、勝負が長引いたことによって生まれた、勝利への道標だった。
オリビアは覚悟を決める。
左のカードに触れかけた手で、勢いよく右のカードを引き抜いた――――
「――こっちだッ!」
紅葉の表情が――――絶望に染まる。
その手に残っていたのは、1枚だけ存在しているジョーカーだった……。
「よし、私の勝ちだ!」
オリビアは、揃った数字のカードを場に2枚出す。
その手にはもう何も残っていない。
「ば、バカな……」
紅葉は膝から崩れ落ちる。
そこにグリ公の呆れた視線が突き刺さった。
「良かったじゃん。宣言通り決着ついて」
「あああ……っ」
紅葉の視界がグニャリと歪む。
これが……これが敗北というものか。
風景がぐにゃぐにゃして、私の頭の中を具現化しているかのようだ。
さらにいないはずの華蓮の姿まで見えてきた。
「あれ? 紅たんも来てたんだ?」
なんてことだ……幻聴まで聞こえてきた。
それに華蓮以外の幻覚まで見える。
……なんか知らないおっさんも混じってるじゃん。
「おーい紅たんどしたのー?」
華蓮は私の頬をペチペチと軽く叩いた。
すごいなこの幻覚、感触まであるぞ。
あとさっきから知らないおじさんがすごい形相で驚いている。
「こ、ここは……まさかケアレン城の中なのか!?」
「……あ、本物の華蓮か」
他人が慌てているのを見ると、人って冷静になれるもんだね。
「本物に決まってんじゃん、何だと思ったのさ」
「質の良い幻覚かと」
「幻覚に質とかあるんだ?」
すごいリアルに感じる夢とかたまにあるじゃん。
「華蓮は何でここに?」
「そろそろ潮時かと思ってさー。ここまで来ると隠すのももう無理っしょ」
「……?」
華蓮の言っている意味がわからず、私は首を傾げた。
「そうだなー、どう説明しようかなー」
そこで華蓮の視線はオリビアたちへと向いた。
「さて紅たん、あそこにいる4人組はなんだったかな?」
「えーっと、たしか……満足してぇの?」
「魔王軍四天王よ!」
オリビアが強く訂正すると、健吾たちは警戒心を強めた。
「魔王軍って……」
「そんなのがいるのか……」
「え、じゃああれって敵なのか?」
「でも4人中2人は小さくね?」
たしかに小さいのがいるなー。
……あのムキムキした小さいのはどこかで見覚えがあるかも。
「んで、魔王軍四天王がどうかしたの?」
「今いるここはどこでしょうか」
「ケアレン城じゃないの?」
「それも間違いではないんだけどね。魔王軍四天王がいるお城って、どういうお城だと思う?」
んー、なぞなぞっぽくなってきたな。
これはきっと簡単な答えではないはずだ。
え、そんな発想が……!?
みたいな回答が必要なはず。
「…………ちょっと明日まで考えてもいい?」
「宿題じゃないよー?」
じっくり考えるのはダメか……。
寝て起きたら何か閃くかもと思ったのに。
紅葉が悩んでいると、誠はスッと手を挙げて答えた。
「つまり、ここは魔王城ってことでいいのかな?」
「ふっ……」
紅葉は鼻で笑った。
それはきっと引っかけだ。
そんな安直な答えだったら、へそで茶を沸かしちゃうよ。
「ピンポーン、正解。実はケアレン城って、魔王城なんだよねー」
華蓮は普段通り、軽い口調でそう答えた。
しかし、誰もそれを冗談だとは受け取らなかった。
……へそで茶を沸かしてやらぁ。




