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042 国境を越えた勇者。

それは、遡ること数日前のことである――――



「予定通り、勇者がリリンガルへ到着したようです」


影なる者の声に、王は満足そうな笑みを浮かべた。


「よしよし、最近予定外のことが多かったが順調なようだな」


王はテーブルの上に配置した駒を一手進める。

そして、さらに北へ視線を移した。


「まず落とすなら水の都か……あそこはちと面倒だが、後回しにもできん。アレックスはおるか」


「はい、ここに」


宰相のアレックスは、足音一つ立てずに姿を現した。


「ジュネーバの状況は把握しておるのだろう?」


「それが、脱走した6人組に付けていた暗部との連絡が途絶えまして……」


王の鋭い視線が宰相を射貫く。


「も、申し訳ございません!」


「……まぁいい、一番の問題は勇者の覚醒か……」


立ち上がった王は、駒を手に取り笑みを浮かべた。


「犠牲はいくら払っても構わん。舞台は水の都よりもさらに北……わかっておるな?」


「仰せのままに」


しかし宰相はその場を離れない。

どうしても気になっていることがあったのだ。


「……ところで、なぜこの話をわざわざ謁見の間で……?」


謁見の間は修繕作業の真っ只中である。

なので、今も作業員の声が飛び交っていた。


「親方、資材が間に合ってないっす!」

「あぁん? そんなもん表面だけそれっぽくできてりゃいい。どうせ素人にゃわかんねぇよ」

「でも追加発注分の予算請求してませんでした?」

「…………お前は今日から現場副主任に昇進だ」

「うっす! 俺は何も知りません!」

「へっ、あの若造が立派になったもんだ」


何も包み隠そうとしない会話に、宰相は気まずささえ覚える。


「ここは謁見の間、ワシの偉大さの象徴ともいえる場所だ」


「そう……ですね」


だからこそ気まずい。


「ワシ……舐められとるんかな?」


この時の王は、ひどく年老いて見えた……。



◇   ◇   ◇   ◇



勇人たち一行は、国境沿いの街リリンガルへと到着した。


「ここで騎士の人たちとはお別れか」


今までお世話になったので少し寂しいが仕方がない。


(それにしても天幕が多いな……)


街の外は王国軍の天幕が多かった。

国境沿いだからだろうか。


「では勇者殿、我々はここで。公国側にはこの通行証をお見せください。封蝋で閉じてありますので、くれぐれも取り扱いにはご注意を」


「え、街の中へは……?」


「少し所用がありまして……英傑方の宿はちゃんと手配してありますので」


「そうですか……」


では、と頭を一度下げると、ズラーダさんは天幕の方へと向かって行った。

あまりにもあっさりとしたお別れに、勇人は少し戸惑った。


「何かズラーダさん急いでるみたいだったね」


「うん……僕たちも行こうか南さん」


ここからはもう引率役はいない。

つまり僕と南さんが皆をまとめないといけないんだ。





実際に足を踏み入れた国境沿いの街リリンガルは、とても静かな街だった。

かといって簡素な造りをしているわけでもなく、元々栄えていた街がゴーストタウンにでもなったような印象を受ける。


(住民……ではないよな)


時折見かける人も、何か資材を運んでいる兵士っぽい人ばかり。


「勇人くん、ここが用意してもらった宿みたいだよ」


「けっこう大きいね。23人同じ宿ってことなのかな」


宿というよりは屋敷に見える。

僕らのためにわざわざ用意してくれたものだろうか。


「23人……か。桜田さんや竹山くんたち、今頃どこで何してるのかな? 無事だといいんだけど……」


「たしかに、心配だね……」


健吾……一緒に戦ってくれる仲間だと信じていた。

それがまさか早々に逃走リタイアしてしまうとは思わなかった。

僕は着実に魔王の元へ向かっているというのに……。


(……いや、こういう考え方は良くないな)



宿の内装は豪華だった。

元々貴族の別荘だったらしく、食材や寝床は十分に備えてあったようだ。


「でも食事は自分たちで作るのか……」


人は手配してくれなかった辺り、この街が閑散としていることと関係があるのかもしれない。

それならばと調理を手伝おうとしたのだけど、南さんに止められてしまった。


「勇人くんは休んでていいよ」


休むほど疲れてないんだけどね……。


「いや、南さんも休んでなよ」

「俺たち戦闘になったらあんまり活躍できないからさ、こういう時ぐらい任せてくれよ」

「そうそう。でも雑な男子は薪割りか掃除の方に回ってね」

「女子の部屋に妙なことすんなよー」


みんなここ最近では一番明るい表情をしている。

まるで林間学校にでも来たような雰囲気だ。


「だそうだよ南さん」


「あはは……」


………………


…………


……


翌朝、勇人たち一行は大きな門の前に集まっていた。


この門を越えれば、次は隣国側にも同じように門がある。

その先から、勇人たちの新しい冒険が始まる……はずだった。


「隊長、俺は納得いきません」


「そう言うなザイード、これも上の指示だ」


門を通っていく勇人たちを、国境警備隊はただ見ていることしかできなかった。

彼らがただ通っていくのが納得いかないわけじゃない。

この後に起こることを考えると、納得するわけにはいかなかったのだ。


「……くそッ」


ゆっくり閉ざされる門を見て、ザイードは兜を足元に叩きつけた。



勇人たちは一つ目の門を通り、次は公国側の門へと辿り着く。


「最近少ないと思ったら今日は団体で来たか。一応決まりなんでな、身分証を出してくれ」


「身分証……」


……そういえば何も持ってないな。

さすがに学生証はダメだろうし、それを試すほど馬鹿じゃない。


「勇人くん、ズラーダさんにもらったものは?」


「通行証って言ってたけど、それでもいいのかな」


勇人はズラーダさんに渡された通行証を差し出した。

勇者という立場上、国に身分を保証してもらうしかないか。


「この印璽は王家の……ちょっとそこで待っていろ」


門番の反応を見て、勇人は少し安心した。

ちゃんと王国は便宜を図ってくれたようだ。


「……ん?」


勇人は視線を感じ、来た道を振り返った。

しかし特におかしなものは見当たらない。


(いや……静かすぎる)


視線があるのはおかしなことじゃない、だってここは国境なんだ、監視ぐらいするだろう。

でも気配がない……消しているのは一体どういう理由で――――



――その瞬間、勇人は大きな魔力反応を感じ取った。



「な、なんだッ!?」


公国側の領土で、異質な魔力が渦巻いている。


「ね、ねぇ勇人くん、あれ……」


南さんが恐る恐る指差した先では、公国側の警備兵たちがいた……はずだった。

魔力反応には気づかなかったクラスメイトたちも、おかしな光景に気づき始める。


「お、おいっ、なんだよあれ!?」

「どうなってんだよ……!」

「ひ、人が魔物に……」


公国側から、人のものとは思えない叫び声が聞こえる。

それも一つや二つではない、まるで大地ごと雄叫びを上げているような……。


「――勇者殿ッ!」


背後から、聞き覚えのある声が聞こえた。


「ズラーダさん……?」


「まずいことになりました勇者殿。どうやら公国はすでに魔王の手に落ちていたようです」


ズラーダさんだけでなく、今までどこにいたのかぞろぞろと大人数の騎士や兵士が姿を現す。


「一体どういうことなんですか?」


「これは我々をはめるための罠。奴らは人の姿に化けて待ち伏せしていたと思われます」


「そんな……」


「ですがご安心ください、我々も共に戦います――――全軍突撃ッ!」」


ズラーダさんの指揮で、騎士や兵士たちは声を上げ公国へと攻め込んでいく。


「人の……姿に……?」


勇人はすぐには動けなかった。

自身が抱いた印象との食い違いに戸惑っていたのだ。


「ねぇ、勇人くん……」


南さんも困惑した表情でこちらを見ていた。

クラスメイトたちも二の足を踏んでいる。

判断は、勇者である勇人に委ねられた。


(良く見ろ……相手はどう見ても魔物だ)


それならこれまでと変わらない……。

そう自分に言い聞かせ、勇人は剣を抜いた。


「行くぞみんな!」

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