043 怒る魔法少女。
『戦争は我々の問題です。師匠は気にせず旅を続けてください』
そうヴァネッサに言われ、予定通り翌日にはジュネーバを発った。
今向かっているのは北の都ケアレン……魔王城に最も近い都市らしい。
別名魔法都市とも呼ばれており、世界情勢を知りたいならこちらのほうが確かな情報を得ることができるとのこと。
「どしたん紅たん、さっきから景色ばかり眺めて……」
「それ以外することないでしょ」
移動手段はやはり馬車だった。
つまり景色を眺める以外にすることなどないのだ。
「そう? てっきりヴァネッサさん達のことが気になってるのかと思ったよ」
「んー、まぁ気にならないと言えば嘘になるけど……」
でも国同士の戦争じゃ私にはどうしようもないしね。
魔法少女は政治に介入しちゃダメでしょ……多分。
「あまりこの世界に関わりすぎるのはよくないよ紅葉。ボクらは元の世界に帰らないといけないんだから」
グリ公はひどく今更なことを言っている。
「ま、私らは別にいいよ。問題はあっちの馬車じゃね?」
後方を走るもう1台の馬車には、健吾たち一行が乗っている。
今回は奮発したので2台とも私たちの専用車なのだ。
……お金出したのは華蓮だけど。
「あっちはなんか暗いねー」
普段通りの華蓮に対し、向こうの6人は城に残ったクラスメイトが気になるのか、どこか表情が暗い。
「……」
「……」
私とグリ公は、ジッと華蓮を眺めた。
「2人共どしたの? あーしの顔に芋けんぴでも付いてる?」
「付いてるって言ったらどうする?」
「ちょっと紅葉は黙ってて」
グリ公は改めて華蓮に尋ねる。
「余計なお世話なのかもしれないけど、華蓮はクラスメイトのことが気にならないの?」
そうそうそれそれ、私もそれが聞きたかったんだよ。
普通なら、戦争に巻き込まれてるかもしれないクラスメイトのことが気になるもんでしょ。
もし私が華蓮の立場だったら…………ま、異世界だし自己責任かな。
「んー……気にならないわけじゃないけど、異世界だし自己責任っしょ?」
「それな」
「何で紅葉はちょっと嬉しそうなの……」
………………
…………
……
その日の夜、皆で火を囲んでの食事となった。
しかし紅葉と華蓮以外はあまり食が進んでいないようだった。
(……空気が重い)
静かなので、パチパチと火花の弾ける音がより大きく聞こえる。
せっかくの華蓮の美味しい料理が台無しだ。
今日は贅沢にビーフシチューだというのに……。
……いや、1人だけ火花を恍惚とした表情で見てるのがいた。
絶対何かキメてるでしょ。
あれには関わらないようにしないと。
良く見ると表情が暗いのは3人だけだ。
他の3人は普段から物静かなだけかもしれない。
「……やっぱ気になるよな」
隼人が静かにそう漏らすと、健吾と若菜もそれに続く。
「まぁな……」
「うん……皆大丈夫なのかな? まさか戦争に参加とか……」
いてもたってもいられないのか、隼人はその場で立ち上がる。
「もしそうなら黙ってられねぇよ! なぁ健吾、俺らにできることって何かねぇのか?」
隼人と若菜は、何かを期待する眼差しを健吾に向けた。
「できること……か」
「例えば、みんなを保護してもらえるように、俺らでこの国の偉い人と交渉するとかさ」
「それいいかも。今の私たちならそれぐらいきっとできるよ」
健吾は2人の意見に、首を縦には振らなかった。
かといって横に振ることもできずに、思い悩んだ顔をしている。
紅葉は、みんなの手にあるお椀の中身が、冷めていくのが悲しかった。
(みんな食べないのかな……)
こんなに美味しいのに……よし、おかわりしよう。
「――やめておいたほうがいいと思うよ」
紅葉はドキッとして鍋に伸ばした手を止めた。
しかし誰も紅葉を見てはいない。
「なんでだよ誠! お前は皆が心配じゃないのかよ!」
隼人は誠に詰め寄った。
紅葉はホッと安堵する。
(ビックリした、私のことじゃないのか。お、この肉大きいじゃん)
気にせずシチューをよそう紅葉に対し、周囲の空気はより張り詰めたものになっていく。
「もちろん心配だよ。でも、僕たちはこの国じゃただの冒険者なんだよ。交渉の席に着くことすら難しいと思う」
「そ、そっか……ただのDランクだもんね……」
誠の言葉に、若菜は思い留まった。
しかし隼人はなおも食い下がる。
「そんなのやってみなきゃわかんねぇだろ!」
「おいやめろ隼人、誠を責めたって仕方ないだろ。今はまず冷静になれよ」
隼人は仲裁に入った健吾を睨みつけた。
「……お前ら本当は皆のことどうでもいいと思ってるから、そんな冷静でいられるんだ」
「――っ!」
健吾の殺気にあてられ、隼人は後退りする。
「ねぇ華蓮、キミはクラスメイトだろ。止めないでいいの?」
「わかってないなーグリっちは。これがアオハルってやつっしょ」
「そ、そういうものなんだ……」
一瞬怯んだ隼人は、再度健吾を睨みつける。
「な、なんだよ……そんなんで俺はビビらねぇぞ!」
隼人は手に持ったお椀を地面に叩きつける。
中身は一切手を付けられていなかったのか、無残にも地面に零れ落ちた。
――その瞬間、皆呼吸ができないほどの殺気を浴びる。
「ひっ……」
力無き者は怯え、少しでも抗おうとした者は重圧に耐えられずその場に膝を付く。
紅葉は立ち上がり、先程まで言い争いをしていた健吾と隼人を見下していた。
「なにそれ……」
2人はその声に、顔を上げることができなかった。
冷や汗が止まらない……呼吸ができない……体が言うことを聞かない。
「食べ物を粗末にするならさぁ、食卓についてんじゃねーよッ!」
あっ、死んだ……2人はそう確信した。
迫る拳は少女のもの。
しかし、2人にはあまりにも大きく、圧倒的な存在に見えた――――
「紅たん、デザートもあるけど食べる?」
「もちろん!」
死のイメージが瞬時にして消え去っていく。
「……えっ、あれ……?」
健吾は呆気にとられ、その横で隼人は静かに気を失った……。
――――――
――――
――
隼人は、翌朝ゆっくりと目を覚ました。
周りには誰もいない。
どうやらテントの中には自分だけのようだった。
「……俺いつの間に寝たんだっけ?」
少し気怠い体を起こし外の様子を窺うと、健吾が素振りをしていた。
「よ、よう……」
「起きたのか隼人」
隼人は少し気まずかった。
「その、なんだ……昨日は悪かったな」
「一晩経って頭が冷えたみたいだな」
「あぁ、ちょっと俺焦ってたよ。それにけっこうひどいこと言った気がする」
「そう思ってるなら、全員に謝っといたほうがいいぞ。皆向こうで朝食の準備をしてるから」
朝食というワードに、隼人は一瞬ビクリと反応する。
しかし、それが何なのかよく思い出せなかった。
「……うっし! 俺の本気の土下座、見せてやんよ!」
隼人の足取りは決して重くはなかった。
こういうのは勢い任せでもいいから、さっさと謝ってしまったほうが楽だとわかっていたのだ。
(よし、全員集まってるな)
隼人は跳ぶ。
そして土下座の姿勢で着地する。
「みんな! 昨日は本当にすまんかった! 特に誠、俺ひどいこと言っちまった」
すぐには頭を上げない。
まずは出方を待つんだ……先にトイレ済ませておけばよかった。
「いや、お互い様だよ。隼人くんが焦る気持ちも十分わかるし……」
ここでようやく隼人は頭を上げる。
「ま、まことぉ……」
隼人は、まるで憑き物が取れたように清々しい気持ちだった。
「それにね、北の都まで急ぐ手段があるみたいだから……そうだよね、桜田さん」
「んー、まぁね……んっ、ちょい塩気が足りないかな」
料理中の華蓮を見て、隼人は何か大事なことを忘れているような気がしてならなかった。
ただ、その正体はすぐに判明する。
「急ぐ手段とか私も初耳なんだけど」
「まーちょっち強引なやり方だからねー。紅たんは大丈夫だと思うけど、他の人が心配かな」
「ふーん……あっ、昨日食べ物粗末にした奴だ!」
紅葉に指を差された隼人は、すでに白目を向いていた。
ちょろちょろと、水の流れる音を伴わせて……。




