032 大事なことを忘れている魔法少女。
水の都ジュネーバを、遠くから観察している男がいた。
「うーむ、まずいのぉ……」
その瞳には、バウアーの攻撃を華麗に回避するルージュが映っている。
状況によっては参戦するのもやぶさかではない。
――が、いともあっさり赤い閃光によってバウアーの肉体は吹き飛んでしまった。
それを見て男は確信する。
「あいつ……我より強くね?」
男の名は【愚者】のコウカク、魔王軍四天王の一人であった。
(これは一旦策を練り直さねばなるまい)
それともう一つ、他の面子も集めて再び会議を行う必要がある。
これは由々しき問題だ。
四天王の一人がいなくなったということは……
「……3人になったら四天王って名乗れないじゃん」
◇ ◇ ◇ ◇
バウアーの腹心である一体のオーガは、ジュネーバの地下で啞然としていた。
「馬鹿な、バウアー様がやられた……だと?」
圧倒的な気配が消え、さらには部下からも報告が上がってきていた。
一際大きな魔石を外へ運び出す作業はまだ途中だというのに、すでに部下たちの統率はひどい状態になっている。
「あの力と頑丈さだけが取り柄のバウアー様がやられるとは……」
しかしジュネーバの重要機関である魔石はこちらの手中にある。
ここで手柄を上げれば自分が四天王になれるのでは……。
「あーいたいた。けっこう原始的なやり方だったんだね」
突如、人間らしき声が聞こえた。
「……!?」
「そんな警戒しなくてもいいよー。あーしは話し合いに来ただけだからさー」
いつの間にか、巨大な魔石の上に派手めな少女が座っていた。
まるで気配がなかったことに、オーガは警戒心を強める。
「話し合い……?」
「そうそう。この魔石さ、元の場所に戻しておいてくれない?」
この魔石は、ジュネーバと周辺の湖の水全てを管理している。
せっかくその機能を停止させることができたというのに、それを戻せとは片腹痛い。
それにこの少女、魔力こそ感じられるものの、はっきりいって自分の敵ではない。
「……断ると言ったら?」
グッと足元に力を込める。
少女の口が開いた瞬間……それが彼女の最期だ。
一瞬で首を撥ね、一思いに楽にしてやろう――――
――パチンッ
少女は軽く指を鳴らす。
その音は、妙に心地良く地下空間に響き渡った。
「……?」
視界がゆっくりと傾いていく。
一体何が……
「ごめんねー、それがないと紅たんと観光できないからさー」
少女が口を開いた瞬間理解した。
自分は首を撥ねられたのだと……。
「あっ、全員やっちった。じゃあこれあーしが戻さないといけないのかー……ちょーだるいじゃん」
………………
…………
……
「久々にちょっと本気出したなー」
ルージュは戦いを終え変身を解除しようとしたが、パワーのおっちゃんに詰め寄られていた二人を思い出す。
二人とも呆然としており、恐る恐るこちらに声を掛けてきた。
「キミは一体何者なんだ……?」
「魔法少女ルージュですけど」
「魔法少女……?」
この場で名乗るのはこれで2回目だ。
しかもなぜか怪訝な顔をされた。
こういう時は、お決まりのセリフでさっさと立ち去るとしよう。
「おほんっ。危機は去りました、それでは私はこれで――」
「ま、待ってくれ!」
おっと、引き留められてしまった。
しかもうっかり足を止めてしまったので、無視し辛くなってしまったよ。
「……な、何か?」
「私は都市警備一番隊隊長のヴァネッサだ。実は、この都市の機能に欠かせない魔石が奴らの手に落ちてしまったのだ」
「まぁそんなことだろうとは思ったけどよ。そうなると、まだ戦いは終わってないってことか……あっ、俺は三番隊隊長のガロードだ」
真剣な眼差しのヴァネッサに対し、ガロードはどこか気怠そうにしている。
おそらく流れ的に、事の解決を私にも手伝ってほしいのだろう。
まぁ乗り掛かった舟だし、それぐらいなら別にいいかな。
「その魔石というのは……?」
湖の水ごと管理している魔石のことなんだろうけど、何も知らないフリをする……こういうの大事。
「かなり大きな魔石だ。まだそんな遠くへは持ち出されていないはず」
「おそらく元の位置に戻せば、再び水が戻ってくるはず……あんな風にな」
ガロードが指差した方向では、チョロチョロと水が溢れ始め、徐々に水路らしい流れができ始めていた。
「……あんな風に?」
「あ、あぁ……水が戻ってきてるな」
二人はどこか気まずそうだった。
「つまり……?」
「多分、魔石が戻って来た……ってことかな」
なんだろう……この帰るタイミングで用事を押し付けられたけど、やっぱりいいやって言われた時みたいなモヤッとする感じ。
もう帰ってもいいよね?
「それじゃあ、今度こそ私はこの辺で――
「ふー、任務完了! あっ、ルージュっち偶然だね」
今度は仮面をつけた華蓮が現れた。
何でこうもみんなタイミングが悪いのだろうか。
「任務って、何してたの?」
「ちょっと地下のお掃除をね。ところでその二人は?」
この二人は…………なんかの隊長だったよね。
その時私の脳裏には、二人が寄り添っていた時の光景が過った。
「でかいおっちゃんに絡まれてたカップル?」
「ちがう!」
「ちげぇ!」
二人に力強く否定されてしまった。
「違うみたいだよ?」
「そっか、まだ違ったか」
「そうそう、まだそういう関係じゃ……」
そこまで言い掛けたガロードの表情は固まり、ヴァネッサは顔を赤らめていた。
「……けっ、今度こそ本当に帰ろ」
「あっ、待ってよルージュっち」
私と華蓮は、二人を置き去りしてその場を離れた。
今日会ったばかりの人の惚気になんて付き合ってられないよ。
水が戻り始めたとはいえ、まだまだ小舟で都市内を回れるには日数が必要そうだった。
というのが、上空から全体を観察したグリ公の報告である。
「ボクとしては、このままここに留まる理由はないと思う」
つまり先を急ぎたいらしい。
でも次もまた馬車の旅と考えると、もうちょっとここでノンビリしてたいなぁ……。
「そうだね、じゃあ出発は一週間後で」
「肯定されたのに否定された気分だよ」
グリ公は不服そうな顔をしていた。
ここはいい感じに滞在期間を延長する方向へ持っていかないと。
「グリ公は旅を舐めすぎなんだよ。準備ってけっこう大変なんだから」
「たとえば?」
「楽しみにしてたはずなのに、いざ当日になるとやっぱめんどくさいなってなる複雑な感情とか」
「それ普段のキミじゃん」
くっ、さすがに私のことをよく理解している。
こうなったら華蓮……頼んだ。
「ん? あーし的にはいつでもいけるけど」
「いつでもか……じゃあ二週間後?」
「なんて都合の良い解釈違いだ」
こうして、私は水の都でノンビリと過ごすことが決定し――
「はぁ……じゃあ三日後ぐらいの出発でいいよ」
「まーそれぐらいが無難だね」
グリ公と華蓮の間でスケジュールが決定した。
多数決って残酷だよね……。
「しょうがない、残り三日……全力で観光するか」
でもそのためには、何か大事なことを忘れてるような気がする。
なんだろうなぁ、けっこう重要なことのような気もするし、思い出せないってことは大した内容じゃないのかもしれない。
しかし、私は後日後悔することになる。
まさかそんな理由で、滞在期間が伸びることになるとは――……




