031 力VS魔法少女。
「やばぁ……これ絶対変身してから登場しないといけないやつじゃん」
紅葉が目にしたのは、角の生えたおっちゃんに追い詰められるカップルだった。
こういう場面で現れるのが魔法少女というものだが、未変身での介入は不本意である。
(特に悲鳴もなかったから油断してたよ)
今更引っ込んで変身するのも、それはそれで難しい。
何とか自然な流れでフェードアウトしたいところ……。
「えーっと、私のことは気にせずごゆっくり……」
ワンチャン三角関係のもつれという可能性もある。
お邪魔者はさっさと退散するとしよう。
しかし、角の生えたおっちゃんはそれを許してくれなかった。
「おう、ちょっと待ちな」
「んえ?」
おっちゃんは瞬時に移動し、目の前に現れる。
こうして近くで見るとホントにでかい。
2階建てぐらいか……異世界だと割といるものなのかな。
「ぐっ、逃げろ……早く」
カップルの男は力なく前のめりに倒れつつも、必死に何かを訴えていた。
「逃げろって言われても……」
「あぁん? 逃がすわけねぇだろ。おめぇだろ、オリビアが言ってたのは」
「オリビア……?」
「とぼけてんじゃねぇよ。こうなりたくなかったらなぁッ!」
おっちゃんは突如腕を振り上げる。
近くにあった建物は、一瞬で瓦礫の山になってしまった。
「こうなりたくなかったら……」
……つまりどういうこと?
「へっ、これだけ近くで見ても碌に魔力を感じねぇ。やっぱオリビアの勘違いだなこりゃ。他の四天王が出る幕もねぇよ」
「四天王……! そうだ、たしか魔王軍四天王、加齢のオリビア!」
あーすっきりした。
喉のつかえが取れた気分。
「加齢……? ふふ…ふはははっ、そりゃいい呼び名だ」
おっちゃんはどこか上機嫌だった。
何かやけに馴れ馴れしいけど、どこの誰なんだろう。
「ところで、角の生えたおっちゃんはどこのどちら様? 私の知り合いだっけ?」
これだけデカイ人だとさすがの私も忘れないはずだけど……。
「ふん、これで名乗るのは4回目だが、まぁいいだろう。俺様の名はバウアー。魔王軍四天王、力のバウアーだ!」
ドドン、と効果音でも聞こえてきそうな自己紹介だった。
「力のパワー……強そうな名前だね」
でもどこか馬鹿っぽくもある。
「……力のバウアーだ」
「うん、力のパワーでしょ?」
「いや、だから力のバウアーだ」
「うんうん、パワーさんね。ネイティブな発音は難しいなー」
パワーさんは段々と不機嫌そうな顔になっていった。
純日本人なので発音の問題は許してほしい。
「もういい……殺す」
バウアーは、拳をハンマーのように紅葉に叩きつける。
ガロードとヴァネッサは、唇を噛み締め目を逸らした。
――しかし、瓦礫が弾ける音こそ聞こえたものの、大地が砕ける音はしなかった。
「……おい小娘、お前一体何者だよ」
振り下ろされたバウアーの拳は、紅葉の拳に相殺され留まっている。
「な、なんだ……?」
「一体何がどうなって……」
ガロードとヴァネッサも、目の前で起こっている出来事が理解できないでいた。
「人にものを聞く態度じゃないでしょ」
紅葉はお返しとばかりに、バウアーの腹部に拳をめり込ませた。
「ぬぅ――ッ!?」
「およ……?」
バウアーはその場で体勢を崩しながらも、倒れることはなかった。
紅葉にとって、それは少し予想外の結果である。
「けっこう強めに殴ったのにな」
「お、俺様がその程度で膝をつくわけがないだろう」
しかし、冷や汗の止まらないバウアーであった。
(な、なんだこの小娘。この体のどこにそんな力が……)
バウアーの野性的感が、最初から本気を出さなければ危険だと告げていた。
紅葉を警戒し、まずは一旦距離を取る。
そして、重そうな腕輪を取り外した。
「これは俺様の力を抑える拘束具だ。外せば……魔王様の力すら超えるッ!」
バウアーは今までよりも、より速く一瞬で紅葉との距離を詰める。
ガロードとヴァネッサの目には、瞬間移動したかのように見えた。
「安心しろ。痛みすら感じずに肉塊にしてやる!」
音を置き去りにした拳が、紅葉の肉体を真横に弾き飛ばす。
静かな街中に、いくつもの建物を突き破る音だけが響き渡った。
「ふむ……少しやりすぎたか」
確かな手応えを感じたが、同時に少し後悔する。
「これだと死体が判別できんかもしれんな。挽肉を判別できる肉職人でも紹介してくれんか?」
バウアーはガロードとヴァネッサの方に向き直り問いかけた。
「ただの……多分ただの少女を……くそっ」
「悪魔め……」
「おいおい、悪魔呼ばわりはやめてもらおうか。それは別にいるもんでな」
今度こそお前らの番だ、と言わんばかりに、バウアーは指を鳴らしながら二人へと歩み寄る。
絶対的な暴力という絶望が――――その場を支配していた。
――――が、ピタリとバウアーの足が止まる。
「何か……来る」
バウアーは視線の先に、一筋の赤い軌跡を見た。
それが残像だと気づいた時には、何者かに背後を取られていた。
(俺様が簡単に後ろを……!?)
咄嗟に飛び退き、距離を取って警戒する。
「てめぇ……何者だ」
「あっ、ごめんごめん、ついイラッとして名乗りを忘れてたよ」
少女はステッキを構え、謎のポーズを取った。
「紅いルージュは血統書 魔法少女ルージュ 見参ッ!」
観客の少なさは不満だったが、今回のポーズも中々悪くない出来だと、ルージュは内心満足していた。
それはそれとして、さっきの一撃にはちょっと一言申したかった。
「さっきはよくもやってくれたわね! ちょっと痛かったじゃん!」
「さっき……? ちっ、そういやオリビアの奴が言ってたな。同一人物だが、微妙に見た目が変化すると。魔法の一種か……?」
そこでルージュは自分の過ちに気づく。
「…………同一人物じゃないし。私は少女の悲鳴に駆け付けた魔法少女よ」
「悲鳴なんてなかったはずだが」
……たしかに悲鳴を上げた覚えはない。
「えーっと……あれよ、少女の臓物が飛び散る音を聞いて駆け付けたのよ」
「それもう手遅れじゃん」
「大丈夫、私はまだピンピンしてるから」
「むぅ、やはり同一人物か……」
くっ、ややこしい流れについ本音が漏れてしまった。
どうやらパワーさんは、筋肉バカっぽいのに策士だったようだ。
「まぁいい、どうやらさっきは少し加減しすぎたようだ」
バウアーはゆっくりと腕を振り上げる。
「ちょ、ちょっと待って。たしか正体がバレた時のマニュアルがあったはずだから」
こういうこともあるかもと思って、自分で書き記したメモ帳がある。
そこにはこう書き記してあった。
『万一正体がバレた場合、相手が同性であれば仲間、あるいは協力者になる可能性大』
ルージュはバウアーを観察した。
「……パワーくん? それともパワーちゃん?」
「バウアーだと言っとるだろうがッ!」
見た目にそぐわない瞬速の拳が大地を抉る。
しかし標的だったはずのルージュは、バウアーの背後に回っていた。
「なん…だと……?」
「そんなに発音ばっかり気にしなくてもいいじゃん」
まぁでも、これで女はちょっと難しいか。
だとすると、もう一つのパターンかな。
『相手が異性であれば、協力者になる可能性大。さらにラブコメな展開も視野に入れるべき』
ルージュはメモ帳を真っ二つに破り捨てた。
「……ないない」
だってあれだよ?
細マッチョならともかく、腕をぶんぶん振り回す筋肉ダルマだよ?
こうしている間も、バウアーは何度もルージュに渾身の一撃を放ち続けていた。
「なぜだ……なぜ当たらん!」
必死な形相に、ルージュは生理的な嫌悪感を覚えた。
そして、一つの結論に達する。
そうだ、可能性なんて摘んでしまえばいいんだ――――と。
その気持ちに応えるように、ルージュの右手が赤く発光し始める。
(この気配は……何かまずい!)
バウアーは直感で危機を察知し、全力で迎え撃った。
「100%中の100%、これが俺様の本気の一撃だ! うぉぉぉぉぉッ!」
今度こそ、その拳はルージュを捉えた。
そう確信した瞬間、刻が止まる。
(な、なんだ、なぜ俺様は止まっている。いや違う、時そのものが止まって……?)
だというのに、目の前の赤い光はその強さを増していく――――
――――ルージュ・ジェノサイドインパクト!
バウアーの腕に合わせるように、赤い閃光が放たれる。
そして刻は動き出す――――ようやく時が、ルージュの時間に追いついた。
「よし、これでノーカンだね」
バウアーの両足だけが、その場で静かに塵となって掻き消えていった……。




