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030 焦る勇者。

バウアーに敗れた勇人たちは、人員の補充と体勢を立て直すためにドロッセルに滞在していた。

戦いの傷こそ癒えたものの、生徒たちの表情はどこか暗い。


「あんなのと戦わなきゃいけないのかよ……」

「俺も竹山たちについていけばよかった……」

「マジでそれな」


数こそ多くはないが、今でも王国の騎士が同行しているため、今更逃げ出すこともできないでいた。


「南さん大丈夫? さすがに全員分の治療で疲れたんじゃ……」


聖女である南は、どこか浮かない顔をしていた。


「ううん、私は大丈夫……ちょっと相川くんの様子を見てくるね」


その後ろ姿を見て、クラスメイトたちは小声で話し始める。


「相川が敵わないんじゃなぁ……」

「ま、でも勇者なんだし、何とかしてくれるでしょ」

「ぶっちゃけ俺らって、城で待ってても良かったんじゃね?」

「なんだかんだ南さんもまだ余裕がありそうだよな」


元々戦う意思の低かった者は、たった一度の敗北で完全に戦意喪失していた。

その様子も、王国の騎士に監視されているとも知らずに……。



相川勇人は、ひたすら剣を振る。

そうしていなければ、不安で仕方なかった。

ジッとしていると、迫るバウアーの拳が脳裏に浮かぶのだ。


(僕はアレに勝てるのか……?)


バウアーと対等に戦っている自分が、まったく想像できなかった。


「それでも……僕がやるしかないんだ」


そう自分に言い聞かせ、同じ軌道で剣を振り下ろす。

こんな鍛錬で強くなれるのかという不安もある。

こういう時、もし健吾がいてくれたら何か助言してくれるのに、とも思った。


「南さん何か用?」


勇人は、振り向かずに背後にいた南に声をかけた。


「相川くん……負けたからってあまり自分を追い詰めないでね。負けたのは相川くんのせいじゃないんだから」


「2回言わなくてもよくない?」


やけに「負けた」という言葉を強調された気がする。


「……いや、でも負けたのは僕のせいか」


邪魔をするなと言わんばかりに、先ほどまでより強く剣を振り下ろす。


「そんなこと――


「勇者殿、こんなとこにおられましたか。これからのことについて会議を行いたいと思いますので、一緒に来ていただけますか」


南の声を遮るように、ズラーダは勇人に声を掛けた。


「…………」


勇人は剣を振るのを止め、ズラーダの横を無言で通り過ぎた。


「相川くん……!」


「あぁ、聖女様は休まれてて結構ですよ」


ズラーダはそう言い残し、勇人の隣を歩き始める。

南は、何か線引きをされたように感じ、その場を動けなかった。


「いやはや、他の者と違って勇者殿は朝から精が出ますなぁ」


「…………」


なおも無言の勇人に、ズラーダは何か物足りなさを感じていた。


(勇人ですって言わないんだな……)


………………


…………


……


「増援はなし……ですか」


「えぇ、このまま魔王討伐の旅を続けて欲しいとのことです」


会議と呼ぶには、あまりにも一方的な報告だけを聞かされた。

人員に関しては、皆の成長に期待する部分もあるので、これ以上は過剰らしい。

実際これ以上大所帯になっては旅がし辛くなるだろう。

装備は王国最新の物なので問題なし、敗北もまた経験だと……。


(その敗北で命を落としたら意味がないのにな……)


危機感が足りていないのは自分だけではない……と、勇人は焦りを覚える。


(あんな化物と対等に戦える人間なんているのだろうか)


もしいるとすれば、それが自分の使命なのかもしれない。


「……ところで、魔王ってどこにいるんですか?」


「それはもちろん魔王城でしょう」


「じゃあその魔王城はどこに……?」


「…………北のほうにあるはずです」


大雑把に向かう方向だけが決まった。


(その旅の間に、僕はバウアーを倒せるほど強くなれるだろうか……)



◇   ◇   ◇   ◇



「人間にしちゃまぁまぁだったぜ」


辛うじて剣で体を支え立っているヴァネッサに、バウアーの巨大な拳が迫る。


(ここまでか……)


ヴァネッサは自分の死を受け入れ、そっと目を閉じる。

しかしその耳に入ったのは、自分の骨が砕ける音ではなく、聞き慣れた男の声だった。


「うぉぉぉぉぉッ!」


「――ガロード!?」


声の主は幼馴染であり、自分と同じく隊を率いる隊長である。

ガロードは双剣を抜き、上空からバウアーへと突撃した。


「むっ……新手か」


バウアーは斬撃を難なく両腕で防ぐ。

その腕に、傷らしい傷はついていなかった。


「かってぇなおい! ……大丈夫かヴァネッサ」


「あぁ、何とかな」


ガロードはヴァネッサの隣に着地し、1本の瓶を手渡した。


「お前、これは……」


市販されているものとしては、最も高い即効性の治療薬である。

警備隊といえど支給されるようなものではない。

つまりこれはガロードの私物ということだ。


「こういう時に使うもんだろ?」


「……そうだな」


ヴァネッサは一気に飲み干すと、ガロードの隣で剣を構えた。


「外の方は良かったのか?」


「そっちは問題ねぇ。今はこいつをどうにかしねぇと……あの野郎、一体何者だ?」


さっきの一撃で傷一つ付かないとなると、まともに正面からやり合っても無駄だろう。

何か弱点でもあればいいのだが……。


「お前もかよ。俺様は魔王軍四天王、力のバウアーだ。あー……3回も名乗るとイライラしてくるな」


バウアーは、指を鳴らしながら二人に向かって歩き始める。


「……久々にやるぞ、ガロード!」


「へいへい、いくらでも合わせてやるよ――ッ!」


二人の姿が同時に消える。


「お?」


バウアーにはその姿がはっきりと見えていた。

極細の直剣を扱う女の方は左から、双剣を持つ男のほうは右から回り込んでいる。


「何かと思えば速さ自慢かよ。そういうことなら……っ!」


バウアーの足元が弾け、瞬時にヴァネッサの背後に回り込む。


「まずは脆そうな女の方からだ!」


両の手を合わせ、ハンマーのように叩きこむ。

――が、砕いたのは自分の足元だけだった。


「――おせぇよ」


ガロードの声にバウアーはハッとする。

右、左、後ろ、正面――――バウアーが反応できない速度で、二人は縦横無尽に加速し続けていた。


「チッ、羽虫かよ。だが速いだけじゃ俺様には――――」


ギンッ、とバウアーの背後で鈍い音がする。

チリッ、と火花を散らして足元を何かが掠めていく。

どれも大したダメージにはなっていないが、チクチクと刺激されバウアーは苛立ち始めた。


「いい加減にしやがれ!」


闇雲に振り回された両腕は、二人に掠りもしていない。

翻弄され、バウアーの怒りは有頂天に達した。


「くそがぁぁぁぁぁッ!」


バウアーは大地を蹴って上空に跳ぶ。

この位置なら右も左も関係ない。

後は二人纏めて強引に――――


「行くぜヴァネッサ!」


「あぁ、全魔力解放するぞ!」


ガロードの双剣とヴァネッサの剣が合わさり、一本の大剣へと変形する。


「しまっ――――」


バウアーは上空に逃れたのではない……誘導されていたのだ。


「「いけぇぇぇぇぇッ!」」


大剣から、バウアーの体を覆うほどの魔力砲が放たれた――――


「ぐおぉぉぉぉぉッ!」


戦いの終わりを告げるバウアーの断末魔……二人はそう確信した。



「はぁ……もう魔力一滴も残ってねぇ」


「私もだ」


二人はふらつく足で互いを支え、その場に座りこんだ。

戦いは終わっても、事後処理が残っている。

それでも、今だけは余韻に――――


「――ったく、ちと油断したぜ」


二人の目の前に、バウアーがズシンと着地する。

その肉体はいたるところが欠損していた。


「まぁさすがは三大都市の一つってところか」


バウアーは何もない空間から一本の瓶を取り出すと、それを飲み干した。

すると、欠損していた肉体はみるみる元通りに戻って行く。


その光景に、ガロードとヴァネッサは戦慄した。


「な、なんだよそれ……」


「そんなことがあっていいのか……」


まるで夢でも見ているようだった。

倒せていなかったのも衝撃だが、与えた傷が全て癒えてしまうのは悪夢でしかない。


「あん? お前ら人間共が治療する術を持ってんのに、俺らが持ってないわけがねぇだろ」


バウアーは首を鳴らし、二人に対して拳を向けた。


「よし、第2ラウンドといこうか」


しかし、二人はとっくに戦意を喪失していた。

繋いだ手をギュッと握りしめ、ただただ最期の時を待っていた……。


――その時だった。


「えーっと、たしかこっちのほうからビームみたいなのが……」


避難が済んでいるはずの街中に、眼鏡をかけた一人の少女が現れた。

当然、その姿はバウアーにも捕捉されている。


「なんだぁ? いや、たしかあれは――


「いけない、逃げてッ!」


「くそッ!」


ヴァネッサは声を張り上げ、ガロードは震える膝を無理矢理奮い立たせた。


「え? 何なのいきなり……」


少女はその状況にキョトンとしていたものの、何となく状況を察し始める。

そして、一つの結論に至った。


「やばぁ……これ絶対変身してから登場しないといけないやつじゃん」

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