029 飽き始めた魔法少女。
「これが今日の宿……いい感じじゃん」
到着初日の宿は、落ち着いた場所にある静かな立地だった。
隣接した建物もなく、水路で囲われているので小舟が必須らしい。
「この都市じゃ一般的な部類らしいよ」
「へぇ……」
ま、ぶっちゃけ問題はご飯のほうだよね。
食べ物がまずかったらせっかくの観光が台無しだ。
「レストランはバイキングだってさ」
「ほう……」
バイキングですか……中々に悪くない、私は大好きだよ。
好きな食べ物だけ食べていてもそれが正義なのだ。
私の、私による、私のための一皿を何度でも創り出すことができる。
しかし、レストランに足を踏み入れると、そこには異様な光景が広がっていた。
「……回転寿司?」
一見すると、水の流れで回る回転寿司のようである。
ただし、流れているのはいろんな一品料理だった。
なんだろうこの感覚……100点取れると思っていたテストで、90点だったみたいな気分だ。
「華蓮、私こういう時どんな顔したらいいのかな」
「とりあえず悔しそうな顔はしなくてもいいと思うよ」
だって悔しいじゃないですか……。
なお、味は普通だった。
「ふー、この都市は広すぎて飛び回るだけでも大変だよ」
夜になると、空から情報収集していたグリ公が窓から入ってくる。
「なんか周辺におもしろいのあった?」
「都市の外は遠目にしか見てないからなんとも……ただ深い森が多いような感じかな。で、そっちはどうだったの?」
「さすがに半日じゃ観光しきれなかったよ」
「おもしろいのってそういう意味だったの?」
特におもしろいものがないとなると大変だ。
もう小舟に乗って都市をのんびり見て回るしかないじゃないか。
「どうしよう華蓮、もうここですることほとんど残ってないよ」
「うん? じゃあ次の目的地でも決めとこうか」
華蓮はベッドの上に地図を広げた。
「今あーしらがいるのがここ。けっこう距離はあるけど、次行くなら北上して交易都市マゼリア辺りかな」
「距離あるのかー……じゃあまた馬車なの?」
「そうなるねー」
うーん、そうなるともうちょっとここで英気を養っておきたい。
水は綺麗なんだし、リゾート地だと思って楽しんでおこうか。
「じゃ、明日はとりあえず小舟でぶらぶらしようかな」
「ちな都市全体を回るなら一日じゃ終わらないみたいだよ」
「それは喜ぶべきか悲しむべきか微妙な情報だね」
さて、明日に備えて寝るとするかな。
「今日はまぁまぁ楽しかったね。明日もそこそこ楽しくなるよね、グリ公」
「いや、観光気分100%じゃん……」
だって観光だもの。
………………
…………
……
翌朝、心地良い水の流れる音で目が覚めると思っていた。
実際は、グリ公に強引に起こされる羽目になった。
「起きて紅葉、外が大変なことになってる!」
「んー……? そう、大変だね……」
ここは外じゃないから大変ではない。
つまり、まだ寝てて良いってことだ。
「わぉ、これはたしかに大変かもねー」
華蓮の声に、私は気になって眠れなくなってしまった。
「はぁ……どれどれ」
私は渋々起き上がった。
これで大したことなかったら私が大変なことにしちゃうよ。
「見てよ紅たん、水が……」
「全然流れてないね」
この宿は周囲を全て水路で囲ってあるはずだが、今は干上がったかのように何も流れていなかった。
「小舟でぶらり旅は無しかー」
「心配するとこそこなんだ?」
今日の予定はキャンセルだ。
何もすることなくなっちゃったよ。
「ボクはちょっと上空から都市を確認してくるよ」
「いってらっしゃい、がんばってね」
窓から飛び立とうとするグリ公に、私は全てを託すとしよう。
「どうせ暇なんでしょ。紅葉も街中で異変を調べてみてよ」
「えー?」
返事も聞かずにグリ公は飛び去って行った。
「どうする華蓮?」
「まー他にすることもない感じだし、ちょっと見て回ればいいんじゃない?」
「んー……でもこういう時って、絶対何か起こるんだよなぁ」
雑な調査でも、なぜか渦中に飛び込むはめになる。
魔法少女とはそういうものなのだ。
そう思った矢先、一瞬だけズシンッと視界が大きく揺れた。
「ほら、何か起こった……」
◇ ◇ ◇ ◇
水の都を守る都市警備隊は、この都市の最高戦力である。
基本平和な都市であるが、この日は珍しく朝から総動員することになっていた。
「隊長、やはり魔石に何かあったんですかね?」
「湖の水も全てとなるとそうだろうな。しかしあそこは俺たちの管轄じゃないからな……」
地下の浄水施設は都市警備隊の管轄ではない。
施設管理の研究員からの報告を待つしかなかった。
「外への警戒は怠るなよ。今魔物に攻め込まれたら、守ってくれるのはこの外壁しかないんだからな」
「ハッ!」
指示を受けた部下は、即座に走り出し持ち場に戻って行った。
都市警備三番隊隊長ガロードは煙草に火をつけ、外壁の上から都市内部を眺める。
(何だか嫌な予感がしやがるぜ……)
そう思った矢先、ズシンッと都市全体が揺れる。
「んな、地震……てわけじゃねぇみてぇだな」
揺れ自体はすぐに収まったが、都市の中心から砂煙が上がっていた。
「おいおい、ついさっき外を警戒するように言ったばかりなのによぉ」
やれやれ、とガロードはため息をつく。
元々隊長なんて柄じゃないんだ、と空を見上げ煙草をふかした。
「隊長ーッ!」
「ま、戻ってくるよな」
「報告します。都市中心部にて魔物の反応を検知したそうです」
「あー……そこは一番隊か。まぁそれなら心配はいらないとは思うが……」
とはいえ、魔石の異変に都市中心部への魔物の侵入……こちらが思っているより事態は急を要するのかもしれない。
「よし、この場の指揮権を副官のお前に委ねる。外からの挟撃は警戒しておけよ」
「では隊長は……?」
ガロードは、グッと姿勢を低く構えた。
「なに、ちょっと行きつけのカフェで朝のコーヒーをな」
「職務怠慢ですね。ちなみに私はブラック派です」
「……あんなん泥水だろ――ッ!」
その瞬間ガロードの足元が弾け、破裂音と共にその姿を消す。
「隊長……それはちょっと聞き捨てなりませんね」
副官は、都市中心部の上空に小さく見える隊長を眺め、そう呟いた。
水の都にて、都市内部の防衛を任される一番隊は、エリート揃いである。
他の隊であればエース級の扱いを受ける者が、この隊では埋もれてしまうほどだった。
その隊で隊長を務めているのが、一番隊隊長ヴァネッサ……この都市における最高戦力と言われている。
――しかし、一番隊は侵入した1体の魔物によって、すでに壊滅寸前まで追い詰められていた。
「た、隊長…逃げて……」
「まだ動けるのか。さすがは都市の最高戦力部隊といったところか」
隊長を守る副官は、虫を払うように弾き飛ばされた。
ヴァネッサは顔をしかめ、目の前の魔物を睨みつける。
「貴様……一体何者なのだ」
短い角に、かなり大柄な体格……一見するとオーガにも見えるが、その力はあまりにも異質だった。
「だからよぉ、さっきも名乗っただろ? 俺様は魔王軍四天王、力のバウアー。ちょっと水の都をいただきに来たぜ」
バウアーはニヤリと笑みを浮かべた……。




