028 観光する魔法少女。
馬車の旅も10日目。
ようやく街道にも人が増え始め、新たな街への到着を予感させた。
「見えてきたよ。モラトリア公国3大都市が一つ、水の都ジュネーバだ」
御者の声に馬車から身を乗り出すと、大きな湖とその中心に大きな街が見えてきた。
どうやら石橋で繋がっているらしい。
「へー、オシャレじゃん」
街中にも、道路代わりに水路が敷いてあるのが遠くからでもわかる。
ちょっと変わった光景に、テンションは観光気分になってきた。
「水の都ジュネーバ。湖の水を巨大な魔石で管理し、都市の形成や交通、交易に利用している。浄水施設にも魔石の力が使われており、市街地の水でさえ飲み水として使用できる」
突如華蓮の解説が入った。
異世界歴は同じはずなのになぜそんなことを……ま、まさか!?
「華蓮は異世界人だった……!?」
「ん? ……これに書いてあるだけだよ」
華蓮が持っていたのは、ジュネーバの解説が書いてあるパンフレットのようなものだった。
「いつの間にこんなものを……」
「イニスの街でもらったのを今思い出してさー」
そんなものがあったのか。
自分の分だけしかもらってないなんて……くっ、私でもきっとそうする。
都市へと繋がる橋を渡っていると、水が透き通っているのがよくわかった。
湖に浮かぶ小舟の影が水底の方に見えるということは、それだけ澄んでいるのだろう。
でも泳いではしゃいでいる人間はいない。
きっとこれがここの日常なのだ。
周囲をキョロキョロしている間に、通行の許可が取り終わっていた。
「なるほど……ではこの2名はこちらで預かっておく」
「よろしくお願いします」
私の名推理によって犯罪者となった二人は、門番が連れて行った。
きっともう会うこともないだろう。
「道中トラブルはありましたが、みなさんお疲れ様でした」
馬車での旅もこれで終わり。
冒険者はギルドに行くようだが、私たちは客なのでこれから観光だ。
「じゃ、どこから見て回る?」
「紅たん超観光気分じゃん。まぁあーしも海外旅行気分だけど」
澄んだ水の流れる水の都は、徒歩や馬車が通るための道もある。
しかし、中には小舟がないと入れない店舗などもあるようだ。
「はぁ……あのね、はしゃぐのはいいけど、情報収集も忘れないようにね」
ここまでぬいぐるみのフリをしていたグリ公は、大きなため息をついて空に飛び立っていった。
「捜査の基本は足って言葉を知らないのかな。空から情報収集なんて無粋だよ」
「まぁグリっち鳥だからね」
しかしこれで邪魔者はいなくなった。
さて、どこから見て回ろうか。
「んで、どんな観光名所があるの?」
「んー……大聖堂とか?」
それはとても海外旅行っぽい。
観光するなら、現地の神様に挨拶しておかないとね。
水の女神ディオーナを崇める大聖堂は、その名に恥じない造りをしていた。
建物の至る所に流れる水路は、これだけで祝福効果があるのだとか。
「ていうか、道が繋がってないんだけど」
かといって、周囲に小舟は用意されていなかった。
「紅たんなら水の上を走っていけそうじゃね?」
「そりゃ変身すればいけるけど」
「変身すればいけるんだ……」
でもこの距離なら普通に跳んだほうが早い。
たかだか10m程度だし、華蓮を担いでも余裕だ。
「そういえばここの街灯、昼間でも灯りがついてんだね」
「真っ赤な街灯……良いセンスしてるじゃん」
そう思った途端、街灯は青色に変化した。
「……喧嘩売ってるのかな?」
「見て見て紅たん、水が割れて道が出てきたよ」
あまりにも不自然な水の割れ方だが、他の通行人が通っていくのを見るに、ここでは当たり前の光景らしい。
しばらくすると水は元に戻り、街灯は再び赤色に戻った。
「信号じゃん」
「信号だね」
違いがあるとすれば、信号待ちの間に何かが横断していくわけでもないということか。
……何のためにあるの?
大聖堂内に入ると、水瓶を持った大きな女神像が目に入った。
それと、祈りを捧げているような女神像も一定の間隔で配置されている。
「見てよ、祈りの泉だってさ」
「ホントだ。湖の中に湖があって、その中にさらに泉があるのか……」
言葉にするとホントややこしかった。
よく見ると、底の方に金貨が沈んでいる。
「お金を投げて、お願い事する的なやつかな」
「あーしらも投げとく?」
「盗んだお金を?」
「罰が当たっちゃうかな?」
私が神様なら気にしない。
よって、きっと大丈夫だ。
「まいっか、投げとこ」
「ほい、紅たんの分」
私は渡された金貨をまじまじと眺めた。
こうして見ると、なかなかどうして造形が凝っている。
なんだか投げるのがもったいないな。
これは記念にとっておこうか。
「……今ポケットに入れなかった?」
あっさりと華蓮にはバレていた。
でもやましいことなど何もない。
願いは自分自身の力で叶えるべきだよ。
「他力本願って浅ましいと思わない?」
「ポケットに他力を入れたよね?」
くっ、痛い所をついてくる。
私は観念し、金貨をギュッと握りしめ泉に投げ入れた。
「はぁ……億万長者になれますように」
「思ったより普通の願いなんだね」
華蓮も金貨を投げ入れ、無言で静かにお願いをしていた。
後日、大聖堂で一つの話題が持ち上がることになる。
祈りの泉に、不気味な形をした小さな金塊が沈んでいると……。
………………
…………
……
大聖堂を出た二人は、噴水のある中央広場へとやってきていた。
噴水の中心には、大聖堂にあったのと同じ女神像が飾られている。
「あの女神像、あっちこっちにあるね」
「浄化用の魔石が組み込まれてるらしいよー」
女神像は浄水器だった。
「ふーん…………ん?」
紅葉は、ジッと自分の足元を眺めた。
「どしたの紅たん」
「いや、なんか下から妙な気配を感じたような……」
ルージュ・アイを使えばすぐわかるんだけど、さすがにそのためだけに変身するのは魔法少女としてマナー違反だ。
「下水道でもあるんじゃない? 点検中とか」
「なるほどねぇ、お仕事ご苦労様です」
実際、この都市には下水道が存在している。
しかし、事はさらに地下深くで着々と進んでいた……。
◇ ◇ ◇ ◇
ジュネーバ近郊の森で、一人の大男が大声を張り上げていた。
「クソ雑魚共が、この力のバウアー様をいつまで待たせるつもりだ! もっと気合入れろやぁ!!」
それほど足場の悪い森ではないが、今は大きな穴ができていた。
そこでは休む暇もなく、魔物たちが土を穴の外へと運び続けている。
「ったく、よりによって3大都市とはよ」
さすがのバウアーでも、強引に正面から攻め込める場所ではなかった。
もし水中戦にでもなれば、不利になるのは目に見えていたのだ。
「それにしても、オリビアの探知魔法であっさり位置がわかるような小娘じゃあ、あまり期待はできんかもな」
これから始まるのは、同格以上との心躍るような戦いではない。
であるならば、せめて虐殺を楽しむしかあるまい。
どちらにしても、久しぶりに本気で暴れることができると、バウアーは不敵な笑みを浮かべていた……。




