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027 魔法少女が生まれた日 後編。

背後から何かを引きずる足音がこちらに近づいて来る。

時折、『ベチャ…ベチャ…』と何かが地面に垂れ落ちる音が、フクロウに絶望をもたらした。


「ボクがもっと早く適正のある子を見つけられていればこんなことには……」


でも目を逸らすわけにはいかない。

その責任感が、フクロウを振り向かせた。


「もう、さっきからこいつなんなの?」


「…………キミこそなんなの?」


紅葉はボロ雑巾のようになった怪人を引き摺っていた。

ところどころ真っ黒な血が地面に流れている。


(怪人って血を流すものなんだ……)


紅葉と怪人の状態が、思っていたのとはまるで逆である。

一応、怪人の息はまだあるようだった。


「……おい鳥公、この小娘は一体何なのだ」


「それはボクに聞かれてもわかんないよ……」


こそこそ会話する二人を見て、紅葉は若干苛立ちを覚える。


「いや、私からしたらあんたらどっちも意味不明だから」


全身真っ黒な動くマネキンのような存在に、人の言葉を喋るフクロウだ。

ちゃんとしっかり一から説明してくれないと困る。


「はい、ということで二人ともそこに正座」


「「……え?」」


察しの悪い二人に、紅葉はつい手に持っていた物を強く握り潰した。

中身の液体が飛び散ると、香ばしい芳醇な香りがしてくる。


「こうなりたくなかったら早くしてよね」


それはカランと音を立てて地面に転がった。

スチール缶の缶コーヒーである……いや、だった物というべきか。

今はピンポン玉サイズまで縮小している。


最後にダメ押しで、紅葉はそれを踏み潰した。

残ったのは、足の形に沿って陥没した地面と、平らになった金属の板だけである。


「……正座させていただきます」


怪人は大人しく正座した。


「いや、あの、ボク鳥だから正座できないんですけど……」


「あ?」


紅葉の鋭い視線が、フクロウに死を予感させた。


「あっ……はい、気持ちが大事っすよね、気持ちが」


フクロウと怪人は紅葉の前で萎縮し、とにかく聞かれたことに答えていくのだった……。


………………


…………


……


「人の負の感情によって生まれた怪人と、その怪人と戦う魔法少女の使い魔ねぇ……」


普段なら何の冗談かと思うところだけど、とある仮説を立てることで辻褄が合ってしまうことに気が付いた。


「まいったな……こいつら私が目的かー」


「「え?」」


怪人もフクロウもキョトンとしている。


「だってそうでしょー? 私の負の感情によって生まれた怪人と、私に魔法少女の才を感じて窮地に駆けつけた使い魔……展開が読めちゃったわ」


うんうん、と紅葉は一人納得している。

怪人は怒られないように、恐る恐る尋ねた。


「負の感情というのは……?」


「そりゃもちろん、選んだのと違うのが出てきたことによるストレス?」


紅葉はボロボロになった自販機を指差してそう答えた。


「いやぁさすがにそれぐらいじゃ怪人は生まれないっすよ。その程度で生まれてたら今頃街中が――――ッ!?」


怪人の腹部に紅葉の拳がめり込んだ。


「そっちから襲い掛かって来たくせに、紛らわしい事すんじゃないわよ」


腹部を抑えて悶える怪人を見て、フクロウも対応を考えさせられていた。


(これは下手な事言うと大変だ……)


実は窮地じゃなかったくせに、なんて口が裂けても言うわけにはいかなかった。


(しかし魔法少女の才……か。適性があるようには見えないけど、魔法の力なしでこの身体能力はたしかに興味深い)


フクロウは少女を観察した。


(見た所普通の女子中学生……にしてはちょっと華奢で小さいかな)


魔法少女の適正は、微弱な魔法の力から判明することが多い。

変身することで魔法の国とのパスが繋がり、魔法少女としての力を振るうことができる。


「ねぇ、そっちはどうなん?」


「え? あー……どうなんだろうね。一応試してみようか」


多分この娘に魔法の力はないと、フクロウは察していた。


(魔法の力っていうか、筋肉の鼓動が聞こえてきそうだよ。ゴリラの守護霊でも憑いてるんじゃないかな。できとうに時間を稼いでその間にこの場を離れよう)


フクロウは懐からメモ帳を取り出し、紅葉に変身の呪文を伝える……ように見せかけた。

実際は呪文より気持ちが大事なのだが、今更そんなことも言えないのでひどくてきとうな呪文を伝えた。


「この呪文は噛んだらやり直しだから気を付けてね」


「ふむふむ……ルンルンルシファーってなに?」


「それは今思いつい……いや、魔法の国と繋ぐ大事な言霊だよ」


「ふーん……」


噛んだらやり直しと聞いて、紅葉は何度も復唱する。

だから気づいていなかった。

怪人の様子がおかしかったことに……。



「よし、じゃあ実際に変身するわけだけど、急に服が弾け飛んだりしないよね?」


「し、しないよ。ちゃんと変身解除したら元の服に戻るし……まぁ変身できたらの話だけど」


最後のほうはよく聞こえなかった。

というかさっきから怪人が小刻みに震えてて鬱陶しい。


「ちょっと、さっきから鬱陶しい――


「くっくっく、俺は選ばれた存在だった……」


立ち上がった怪人は、先ほどまでより禍々しいオーラを放っていた。

それを見たフクロウは慌て始める。


「ま、まずい! フェーズ3に進化するつもりだ!」


「ふん、今更気づいても遅い。見よ、これが選ばれし破壊の力だ!」


怪人は跳躍すると、その姿を瞬く間に変える。

ただの黒い肉体は鎧に包まれ、頭部は狼を彷彿とさせた。


「ふ…ふふふ……わかる、わかるぞ……ついに俺は理不尽なまでの圧倒的な力を手に入れてしまった」


怪人が軽く腕を振るうと、地面に亀裂が走り地盤が沈下する。

それを見てフクロウは驚愕していた。


「ち、違う。これはフェーズ4……? 実在していたなんて……」


勝手によくわからない数値を持ち出されても、紅葉はいまいちピンと来ていなかった。


でもこれだけはわかる。

魔法少女に目覚めるシーンは大体こういうシチュエーションだ。


紅葉は空に向かって手を掲げ、体の内に何かを秘めてる気分で呪文を読み上げた。


「魔法の国よ、力を貸して! ルージュリカルルカル ルリララリリカル ルンルンルシファー トランスフォーム!」



その声に応えたのは――――静寂の二文字だった。



(まぁ無理だろうとは思ったけど、まさかあそこまで全力でやると思わなかった……)


あまりの気まずさに、フクロウも声を掛けられなかった。


怪人でさえ空気を読んでいる。

……というより、なぜか震えが止まらなかった。


(おかしい、俺は圧倒的な力を得たのではなかったのか)


嫌な汗が止まらない。

目の前の少女を――――直視できない。



「早く貸しなよ」



それは願いではなく、命令だった。

いつまで恥をかかせるつもりだ、と殺気で訴えているかのようである。


その結果――――フクロウは信じられない光景を目撃した。


「そんな馬鹿な……」


何かに急かされるように、光の粒子が紅葉の体を包み込む。


はて、フクロウは特に言ってなかったが、決めポーズとかセリフって必要なんじゃなかろうか。

それもただ単純なポーズではない。

こう……動きのあるポーズじゃないと――――



「紅いルージュは血統書 魔法少女ルージュ 見参ッ!」



――ここに、一人の魔法少女が誕生した。


「ん? なにこれ」


魔法少女となったルージュの背中に、いつの間にか羽の生えた杖があった。


「魔法のステッキだよ。それがあるってことは、やはり正真正銘の魔法少女のようだね……おかしいな、適性があるようには見えなかったんだけど……」


「魔法のステッキ……」


ルージュはステッキを手に取ると、もう一度ポーズを決めた。


「うん、握り心地は悪くない」


これで魔法を使って戦えということなのだと、ルージュは理解した。

そして、その相手は目の前の怪人だ。


「待たせたわね。魔法少女ルージュが来たからには、もうあんたの好き勝手にはさせないわよ」


「来たっていうか、さっきからいたじゃん……」


怪人は細かい部分を気にする程度には余裕が戻っていた。


(先程のおぞましい殺気はなんだったのだ……。まぁいい、見た所まだ魔法の力を使いこなせている感じはしない。つまり俺の敵ではないはずだ!)


夥しい程の負の力を漂わせながら、怪人は低く……地を這うように構えた。

最大限空気抵抗を減らし、最速の一撃を放つためである。


「フェーズ4相手にどこまで戦えるかわからないけど、変身できたからにはキミも魔法を使えるはず……さぁ、ステッキを構えるんだ!」


「魔法……」


なんとなく、ルージュはステッキを大きく振りかぶった。


(頭が高いな)


怪人は勝ちを確信した。

しかし油断はしない。

この小娘は、進化前の己を圧倒して見せたのだ。


だから――――確実に仕留める。


事実、怪人はルージュから目を逸らすことはなかった。

もし隙があったとするならば、それはほんの一瞬の瞬きだろうか。


「えっ……?」


過程などないと言わんばかりに、突如ルージュは怪人の目前に迫る。

最後に見えたのは、振り下ろされるステッキと、ルージュの背後で弾けるアスファルトだけだった。


その日――謎の地震が発生したが、原因を知る者はいなかったという……。



「へぇ、このステッキけっこう丈夫じゃん」


とりあえず魔法のステッキとやらで思い切り叩いたら、怪人は潰れた後粉々に砕け散った。

これだけ丈夫なら投げて使っても良さそうだ。


まるで爆心地のように抉れた大地の上でステッキを振り回すルージュに、フクロウは恐る恐る尋ねた。


「いや、あの……魔法は?」


言われてみると、魔法っぽい演出はなかった気がする。

でも多分、何かしら発動してたんでしょ。


「……怪人が爆散する魔法?」


「ボクには圧死したように見えたけど」


見間違いじゃなければ私にもそう見えた。


「そっかー、やっぱり技名とかないとダメなのかな」


「そういう問題じゃないと思うけど」


こうして、フクロウは一人の魔法少女? と出会い今に至る。


――――――


――――


――


「それから……怪人が出る度に……思いついた技名を……」


「もう遅いし、寝よっか」


ウトウトする紅葉を見て、華蓮は灯りを消す。

なお、グリ公は話の途中で寝落ちしてしまった。


「……魔法の国……か」


横になると、華蓮は小さな声でそう呟いた。


「どうかした……?」


「んー、なんでもないよ」


その後は、静かに夜が更けていった……。

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