020 ドラゴンに乗りたい魔法少女。
「ふふっ、やっと追いついたわ」
魔王軍四天王【女帝】のオリビアは、ドラゴンの背に乗りはるか上空から国境を越えていた。
「アレの力を測るなら、これぐらいは用意しないとね」
魔物の頂点に位置するドラゴン……といっても、その力はピンキリである。
今回用意したのは騎乗用だが、それでもその辺のワイバーンより遥かに強い。
きっと参考程度には使えるだろう。
「それにしても……」
オリビアはその場にしゃがみ込んだ。
「雲より上ってこんなに寒いのね」
◇ ◇ ◇ ◇
紅葉たち一行は国境を越え、モラトリア公国へと足を踏み入れる。
しかし入国審査はこれで終わったわけではない。
公国側にある街イニスから出るには、公国側の審査が待っていた……。
「……っていうか、私たちがさっきまでいた国って何て名前なの?」
「チャツカテト王国だね」
「噛みそうな名前……」
「あーしもそう思う」
他愛のない話をしながら歩いただけでも、この街の警備兵が多いのがわかる。
(監視されてるみたいであまり良い気分ではないね)
それも、住民に紛れてるタイプもいるようだ。
でも私にはすぐわかる。
大勢に見られることに慣れてる私はそういうのに敏感なんだ。
「警備の人以外にもいっぱい見られてるっぽいねー」
「あ、うん……そだね」
そっか、華蓮も気づいてたか……そっかそっか、ふーん……。
「でもこれはあーしらを見てるっていうより、王国から来た人間全員に向けられてるものかな」
……つまりどういうことだってばよ。
「この街を出られて初めて入国完了、ってことなんだろうね」
「へー、思ったより厳重なんだ」
今度こそ冒険者カードを信じていいんだよね?
「……で、結局宿で一泊するはめにはなるんだね」
あっちもこっちも混雑していて宿に泊まってばかりだ。
……でも飯が美味いから許す。
特にこの鶏の唐揚げが美味い。
ジューシーで肉厚で……この世界にもこんな鶏肉が存在したんだね。
……もしかしてグリ公?
「紅たん気づいた?」
「ふが……?」
食事中に、突如華蓮は真面目な表情でそう尋ねてきた。
でもお願いだから、こちらが口に食べ物含んでいる時に聞かないでほしい。
しかし、華蓮は構わず続けた。
「こっち側から王国に行く人、全然いなかったよね」
「……」
とりあえず紅葉は無言で頷いた。
内容の真偽はよくわかっていない。
「封鎖されてるわけじゃないみたいだけど……あ、グリっちだ」
華蓮が窓を開けると、グリ公が疲れた様子で部屋に入ってくる。
「ふぅ、この街は中への警戒心は高いけど、外に対してはそんなでもないね」
「グリっちおっつー」
「グリ公生きてたんだ」
「開口一番それはどうなのさ……あ、唐揚げ美味しそうだね。ボクもちょっともらっていいかな」
グリ公は残り少なくなった唐揚げを頬張り始める。
……共食いにはならないのか。
「いや、ひょっとしたらこの唐揚げの正体がグリ公の可能性もあるんじゃないかと思ってたから」
「ゲホッ、ゲホッ……だとしたら何でキミは普通に食べてるのさ!」
だって美味しかったし……。
………………
…………
……
その日の夜、街中に響く甲高い鐘の音で皆跳び起きた。
「ちょ、なに? 年越し……?」
「除夜の鐘ではないと思うよー」
半開きの目で眠たそうに突っ込む華蓮。
「外が騒がしいね……あ、あれは!?」
グリ公は窓の外を見て驚愕していた。
フクロウの表情にはくわしくないけど、多分驚愕している。
「空に何が……」
街の上空に、今まで見た中で一番大きな生き物が滞空していた。
「ワォ……ドラゴンだ」
龍ではなく竜。
宿よりも大きな図体。
その割に、翼の動きはゆったりとしている。
「どういう原理で滞空してるのかな……よし、要チェックやグリ公!」
「冗談やめてよ。ボクなんてきっと捕食対象だよ」
「……唐揚げ美味しかったなぁ」
「ボクで連想しないでくれるかな」
一先ず様子を見ていると、街の警備兵が集まり陣形を組み始める。
その間、ドラゴンは特に被害を出すこともなく待機していた。
「放てぇぇぇぇぇッ!」
大きな開戦の合図と共に、魔法や多くの矢がドラゴンに集中する。
――しかし、ドラゴンのブレスはその全てを飲み込んだ。
「劣勢っぽいねー。どうするの紅たん」
「んー、もうちょっと見てても大丈夫じゃない?」
ブレスが止むと、警備兵たちの無事と魔法による盾らしきものが見えた。
さらに、警備兵とは別に冒険者らしき姿も集まり始める。
「みんなが必死に戦おうとしているのに、それを眺める魔法少女ってどうなのかな紅葉」
「新しいと思うよ」
「ちょっと、誰がこの子に斬新さを求めたのー?」
「静かにしてよグリ公。悲鳴が聞こえないじゃん」
魔法少女の出動合図は大体が悲鳴なんだ。
これを聞き逃すと手遅れになってしまう。
「……まぁ、ボクは慣れてるからいいんだけどさ。言い方に気を付けないとすごいクズ感あるよ」
「クズ感……?」
グリ公を見ると、その視線は華蓮の方に移った。
「紅たんは人の悲鳴が好きってこと?」
「それはクズ感っていうかクズじゃん」
ひどい言われようだ。
でも時折、絹を裂くような芸術点の高い悲鳴もある。
そういう時はどんな人の悲鳴なのか気にはなるね。
「ところでさ、あーしの見間違いだったらごめんだけど、アレ誰か乗ってない?」
華蓮が指差したのはドラゴンのやや上である。
ブレスと魔法が飛び交っていて視界は悪いが、確かに人影が見えた。
「言われてみると……紅葉は見える?」
「ん、確かに誰か乗ってるね」
「なるほど、つまりこれは……」
「うん、つまりそういうことだね」
さすがは使い魔、私と同じことを考えていたようだ。
「これは人為的なものだ!」
「人が乗っていいドラゴンだ!」
……所詮は使い魔、目の付け所が悪い。
しかも私をバカにしたような目で見ている。
もう少し具体的に説明しないとダメなようだ。
「ドラゴンに乗って旅がしたい」
「具体的な展望は聞いてないよ」
やれやれ、みたいなため息をつかれた。
「手綱とか見当たらないし、見た目厳つい割りに従順なのかなー」
「……!」
華蓮の言葉に、私はいてもたってもいられなくなった。
「ダメだよ華蓮、そんなこと言ったら紅葉が……ってもう遅かったか」
「行動力ぱないね」
ドラゴンの背に乗るオリビアは焦っていた。
「あぁもう、無駄に練度の高い兵ばっかだね」
さすがとは言いたくないが、国境沿いだけあって警備兵の練度が高い。
集まり始めた冒険者の強さも、ドロッセルの街とは違っていた。
以前より強力な魔物を用意したというのに、この苦戦は誤算である。
「こうなったら私が直接――
手を下そうと思った矢先、上空から迫る気配を察知した。
「あれは……!」
上空からの来訪者は、ドラゴンの頭にフワリと着地した。
そして謎のポーズを決める。
「紅いルージュは血統書 魔法少女ルージュ 見参ッ!」
謎のキラキラした演出が舞い、オリビアは思わず後退る。
(まさかそちらからやって来てくれるとは……これはチャンスね)
これでようやくこの少女の強さがわかる。
そう思ったところで、オリビアは決定的なミスに気づいた。
(――って、この状況だと私が直接相手をしないといけないじゃないのさ!)
せっかく用意した魔物が、ただの足場になってしまっていた。
もう手遅れ……いや、まだ言葉すら交わしていない。
今からでも魔物だけ残してこの場を離れれば……。
「ねぇ、このドラゴンおばさんの?」
「……あ? 誰がおばさんだって?」
ルージュは無言でオリビアを指差した。
「……いいわ、年上への言葉遣いってのを教えてあげる」
怒りに身を任せ予定を変更したオリビアは、おびただしい程の魔力を放ち始めた。
かくして、魔法少女と魔王軍四天王の戦いが今始まる……。




