019 足踏みしていた魔法少女。
紅葉たち一行は、国境沿いの街で思わぬ足止めを食らっていた。
「はー、やっと明日は私たちの順番かー。10日は待たせすぎだよ」
「大分足止め食らっちったねー」
国境を越えるための審査が混雑しており、ようやく明日が自分たちの順番だった。
「ま、この街のご飯美味しかったから全然良かったんだけどね」
「紅たん気を付けないと太るよー」
「私いくら食べても太る気配ないから大丈夫」
「それはマジうらやま」
オススメは串焼きである。
種類も豊富で、なんとか今日で全制覇することができた。
「でも明日でこの街ともお別れかー……バイリンガルだっけ?」
「リリンガルだね、でも今までで一番惜しい気がする」
窓から覗く光景も見納めだと思うと、少し名残惜しい気が…………下の階からも串焼きの香りがする。
非常に食欲をそそる香りだ。
「ちょっと追加で買って来る」
「まだ食べるんだ……」
………………
…………
……
翌日、ようやく紅葉たちの順番がやってくる。
受付を済ませてから10日も待たされたが、いざ当日になるとそれほど待つことはなかった。
「身分証の提示を」
国境警備隊と思われる兵士からの指示を受け、華蓮お手製の冒険者カードを差し出す。
「Bランク冒険者か……よし、通っていいぞ」
あんなに待たされたのに、確認はすぐに終わってしまった。
「すんなり終わったね」
「あーしもちょっと拍子抜けかも」
軽い足取りで国境を渡ろうとした、その瞬間背後から声が掛かる――――
「おい、ちょっと待て」
振り返ると、声を掛けてきたのは先程とは別の兵士だった。
「なに?」
「冒険者カードをもう一度見せてみろ」
その言葉に、紅葉と華蓮は顔を見合わせた。
そしてヒソヒソと小さな声で話す。
「ちょっと、ひょっとしてバレたんじゃないの?」
「んなことないって、あーしの冒険者カードは完璧だよ」
「何をこそこそしている。早く見せろ」
仕方ないのでもう一度冒険者カードを提示した。
すると、その兵士はカードとこちらを交互に見比べ始める。
「その若さでBランクか……にわかに信じ難いな。もし本当なら、それなりに名が知れてそうなものだが」
実際のところ、華蓮の作った冒険者カードは完璧な出来だった。
しかし完璧であるが故に、不自然さが浮き彫りになってしまっていた。
「どうしたザイード」
「隊長、この二人なのですが……」
ここでさらに兵士が増える。
なんだかどんどん警備隊員の装備が良くなっている気がする。
「あの人隊長だってさ、紅たんアレ見せてみたら?」
「アレ……あぁアレね」
紅葉はさりげなく、腰に差したナイフをチラ見せする。
「隊長、どう思いますか?」
「見た目重視で実用性の無さそうな短剣……怪しいな」
紅葉はますます怪しまれた。
「紅たん、それじゃなくて手紙の方ね」
「手紙……あー手紙ね」
そういえばドーザーさんが、国境警備隊に知り合いがいると言って渡してきたな。
でも肝心の知り合いって誰……?
隊長とやらに渡せばわかるのだろうか。
「これ、ドーザーってお爺さんから預かってるんだけど」
「なに? あの爺さんが手紙なんて珍しいな……」
隊長と呼ばれた兵士は、その場で封を切って読み始める。
「……はぁ、仕方ないな。あの人には借りもあるし、二人とも通っていいぞ」
「何書いてあるかは知らないけど、通っていいんだ?」
「ま、冒険者カードも偽物には見えないし、保証人がドーザーさんなら大丈夫だろ」
あのお爺さん、単なる銀鉱好きのやばい人かと思ったら……一体何者?
しかし隊長は通行を許可したものの、もう一人のザイードと呼ばれた兵士は納得していなかった。
「んなっ!? どういうことですか隊長!」
「こいつらには保証人がいるんだよ。理由はそれで十分だろ」
「保証人自体はこの際どうでもいいです。問題は、この二人がBランク冒険者というのはどう考えても無理があるということでしょう!」
「言いたいことはわからんでもないが、保証そのものが通行証のような物だからな……ふむ」
食い下がるザイードに、隊長は紅葉たちを見て何かを閃いたようだった。
「……そうだ、見合う強さがあれば文句はないだろ。すまないキミたち、ちょっとあいつと手合せをしてみてくれないか?」
……こんなことしてるから混雑してんじゃないの?
少し距離を開け、ザイードは剣を抜いた。
「……え、これ私が相手するの? 華蓮でもいいんじゃないの?」
「いやー紅たんが適任っしょ、武道家だし」
華蓮が勝手に武道家にしたんじゃん、とはこの場では言わないけど、それなら華蓮は自分の職業を何て書いたんだろう。
少し離れたところで見学する華蓮の隣に、隊長も移動する。
「はぁ……あいつは剣の腕はたしかなんだが、まだまだ若ぇんだよな」
「へー、あの人強いの隊長さん?」
「あぁ、あいつはあれでも国境警備隊の副官……剣の腕だけなら隊長の俺よりも上だ」
「ふーん……」
たしかに持っている剣はそれなりに良い物っぽいな、と華蓮も思っていた。
「そろそろいいか? 悪いが手加減はせんぞ。一応、Bランク冒険者なんだろ?」
ザイードは剣を構えた。
隊長は「やれやれ」と言いながら開始の合図を出す。
「……始めッ!」
その声と同時に、兵士は一瞬で距離を詰め紅葉に剣を振りかぶる――――
「ハァァァァァッ!」
一度や二度ではなく、何度も流れるような剣技が空を切った。
(おかしい、隙だらけに見えたはずなのに――)
何度斬りかかっても、その刃が紅葉に届くことはなかった。
それどころか、どれも最小限の動きで紙一重に回避されている。
「紅たんすごぉ……」
「なるほど、ドーザーさんが世話になったというのも頷ける」
ザイードは一旦距離を取り、呼吸を整える。
そして構えを変えた。
「たしかに只者ではないな。ならば……!」
上段に構えた剣から、視覚的にわかるほどの魔力が漏れ始める。
「あの馬鹿、さすがにそれはやりすぎだ!」
隊長は止めに入ろうと動き出す。
――が、それよりも速く、紅葉はザイードとの距離を詰めた。
(――んなッ!? 速い……だが隙だらけだ!)
ザイードは目の前の紅葉に渾身の一撃を振り下ろす。
次の瞬間、ザイードは時が止まったかのように錯覚した――――
周囲の物が色褪せ、目の前の少女の拳が迫る。
渾身の一撃が、ゆっくりと砕け散っていく。
あぁ、これは時が止まっているのではない――――彼女の速さに、刻が追いついていないのだ。
眼鏡をかけた地味そうな少女の拳は、優しくザイードの意識を刈り取った。
最後に少しだけ、浮遊感のような心地良さを感じたような気がした……。
空高く打ち上げられたザイードを見て、国境警備隊隊長は一旦前に出した足を引っ込める。
「……さすがにそれはやりすぎじゃないか?」
隊長は不安になった……自分が幇助の罪に問われないかと。
飛ばされた方向には街があるが、ザイードは生きているのだろうか……。
「紅たんおっつー」
「ふぅ、急に剣が光り出したからつい手が出ちゃったよ」
でも優し目に飛ばしてあげたつもりだ。
多分それほど大きなケガはしてないはず……多分。
「んで、通っていいんだよね?」
「あ、あぁ……もちろんだ」
国境を通過していく二人の背中を見届けた後も、隊長はしばらくその場に立ち尽くしていた……。




