012 脱走した6人。
城を脱出した健吾たち一行は、勢いのまま城下町さえも飛び出し、小さな町へとやってきていた。
町の名はモモンシー、平和でのどかな町である。
「けっこう遠かったな……」
「眠い……ベッドで寝たい」
「同感……」
6人共野宿さえ初めてのことだったので、まともに寝ることさえできていなかった。
そんな中でも、飛脚の隼人は元気そうにしている。
「俺がちょっくら町中見て回ってくるから、みんなは泊まる所でも確保しておいてよ」
そう言って隼人は、夕暮れの町中へと走り去っていった。
「泊まるところって言ってもなぁ……」
健吾は、背負っている誠の様子を窺った。
見た目通り体力のないやつで、ここまでほとんど自分で歩いていない。
それでも、この町まで安全に辿り着けたのは誠のおかげである。
『逃げる時は目撃者がいないほうがいい。つまり街道は避けるべきだ』
『城では苗字で呼び合ってたし、これからは下の名前で呼び合った方が無難だと思う』
『夜は交代で火の番をしよう。魔物が火を怖がるかはわからないけど、奇襲があった時こちらの視界がないと困るからね』
もはや俺たちにとって司令塔だ。
実際ここまで追手は来なかった。
結果けっこうな距離を歩くはめにはなったが、こいつの指示はどこか的を得ている……ような気がする。
「泊まるにしても先立つものが僕らにはないよね。変わった物でも買い取ってくれるお店とかあればいいんだけど……」
背負っているので吐息が耳に掛る。
男のくせに華奢で妙に色っぽい……。
(……って何を考えてる俺は! 江戸川は男だぞ! いつも教室の隅で一人でいるような暗い奴のはずだ!)
煩悩よ去れ、煩悩よ……っていうか煩悩じゃねぇ!
「何で変わった物なの?」
「この世界にとって僕らは異世界人だよ? 持っている物全てが希少品さ」
あーなるほど、と若菜は顎に指を当て納得していた。
そうそう、こういう女子の仕草のほうが俺は好きなはずだ。
俺はノーマル……俺は大丈夫……。
「あ、健吾くん、もう降ろしてもらっていいよ。ここまでありがとう」
「お、おう……」
背負っていた誠を降ろすと、少し名残惜しく……
「……ってちがぁぁぁうッ!」
健吾は頭を抱え膝から崩れ落ちた。
「え、ちょっ、ごめん健吾くん、重かった……?」
心配する誠の声は健吾には届いていない。
しかし、健吾の心中を察している者が一人だけいた。
(この反応は……なるほどなるほど。アリだと思います)
守川恵は、二人を観察対象としてロックオンすることに決めた。
………………
…………
……
「普通の道具屋じゃダメってんならここだろうな。なんか変な物色々置いてあったぞ」
戻った隼人に案内され、少し不気味な雰囲気のある店へと入る。
たしかに店内の商品はジャンルがバラバラで、何に使う物なのかわからない物が多い。
「おやおや、そろそろ閉店時間だったのですが、これまた期待できそうなお客さんだ」
店の奥から姿を現したのは初老の男性だった。
「期待できそう……?」
「多分僕らの服装でそう判断したんだと思うよ」
誠がそう答えると、店主は笑みを浮かべた。
「えぇ、その通りです。ここは他にないような珍品以外は扱っておりません。例えば、あなた方の御召し物……とかですかね」
皆が着ているものは同じ制服だが、この世界にない珍品であることは間違いない。
目立つので替えの服がほしいところではあったものの、さすがに売るのは気が引ける。
「どうするんだ誠、さすがに制服を売るのはちょっと……」
「うん、それは別にいいと思うよ。皆それぞれ手放して良さそうな物で軍資金を調達しよう」
誠の提案に、まずは隼人がキーホルダーを店主に差し出した。
「最近人気出始めたゆるキャラのキーホルダーなんだけどよ。こっちの世界で持ってても仕方ないからな」
店主はキーホルダーを受け取ると、丁寧に査定をしていった。
「ふむ、これは魔物……? それにしては可愛らしいデザインですね。細部の塗りは甘いですが、工芸品としてなら悪くありません。銀貨1枚でどうでしょう」
「銀貨1枚……ってどうなんだ誠?」
隼人は貨幣の価値がわからずに、誠に指示を仰いだ。
「そうだね……ちょっと銀貨を見せてもらってもいいかな」
誠は店主から銀貨を渡されると、おもむろにそれを舐めた。
「ちょ、何やってんだお前」
「あぁごめん、説明していなかったね。これは僕の職業【探偵】のスキルで、舐めた物を鑑定できるんだ」
へぇ、と皆感心したものの、同時に違う疑問が生まれる。
(((((舐めることと探偵に何の関係が……?)))))
「銀貨1枚で大丈夫です」
誠が商談を進め、隼人のキーホルダーは銀貨へと換金された。
心配になった健吾は、こっそり誠に耳打ちする。
「良かったのか誠」
「うん、銀貨1枚の価値は……まぁ1万円ぐらいだと思って大丈夫だよ」
「マジか……」
「ここの店主は信用して大丈夫だと思う」
そう言われると健吾は少し焦り始めた。
そもそも学校に不要な物自体持って来ない主義なので、手放せる物が思いつかなかったのだ。
(くそっ、皆色々持ってるもんだな……)
健吾が悩んでいるうちに、他の者はそれぞれ不要な物を換金し始めていた。
ただ、恵だけはこちらを見て不気味な笑みを浮かべている。
「……どうかしたか恵?」
「えっ? な、何でもないよ……ありがとうございます」
何でもないのに感謝された。
クラスでも目立たない大人しいタイプだと思っていたけど、考えを改めたほうがいいのかもしれない。
「後は健吾くんだけだけど……無理しなくてもいいよ? 僕の手帳が新品でけっこう高値になったからさ」
どうやら皆各々何かしらを換金することができたらしい。
くっ、誠の気遣いが辛い……これじゃあ俺はヒモみたいではないか。
「……いや、いい……俺も覚悟を決めた」
健吾が上に向かって手をかざすと、その手に竹刀の入った竹刀袋が現れる。
これは剣聖のスキルで、剣に分類される物であればいつでもいくらでも収納、取り出しが可能なのだ。
しかし、それを見た隼人は心配にそうにしていた。
「おいおい、そりゃ剣道部員にとっちゃ命みたいなもんだろ」
「あぁ……え? いや、命はさすがに言いすぎだろ」
もちろん使い慣れた竹刀は使いやすいが、これは異世界に来る前に新調したばかりの物である。
元の世界に戻ったらまだまだ予備のある物だ。
「それに、俺がみんなを守らないといけないからな。だとしたらこれじゃ心許ない」
ひょっとしたら、物凄い達人であれば竹刀でも魔物と戦えるのかもしれない。
でも俺には無理だ。
ちゃんと戦うための剣がほしい。
「……って、そもそも二束三文だったら意味ないな」
店主に袋ごと竹刀を渡す。
これでも5本セットで2万円のそこそこ良い品だ。
せめて銀貨1枚ぐらいにはなってほしい。
「ほう、これはこれは……」
店主の反応は上々だが、はたして竹刀に剣としての価値はあるのだろうか。
「そうですね、これなら……金貨1枚でどうでしょう」
「金貨1枚……」
その価値がわからないので、誠の顔色を窺うと無言で頷いた。
「じゃあそれでお願いします……ところで、どういった理由で金貨1枚に?」
つい興味本位で聞いてしまったことを俺は後悔した。
「珍しい……というより見たことのない木材ですからね」
どうやら木材としての価値だったらしい。
そりゃそうか、普通に考えたら武器には見えないよな……。
………………
…………
……
軍資金を得た6人は、その日は宿で旅の疲れをとった。
そして翌朝、今後のことを話し合うことになったのだが……
「宿の食事、あんまりおいしくなかったね」
「やっぱりお城に戻ったほうがいいんじゃ……」
「今の手持ちじゃ売れる物も限られてるしな」
「火薬……火薬がほしい」
皆少し弱気になっていた……1人ちょっとおかしいけど。
「どうするんだ誠、まだそこそこ金は残ってるけど、これじゃジリ貧だぞ」
健吾がそう尋ねると、皆の視線は誠に集まった。
「僕らはこの世界のことを知らなさすぎる、っていうのは前にも言ったよね。ならいろんな所を旅するのが理想的だと思う。だから……装備を揃えて冒険者になろう。可能なら魔法少女ルージュと合流できたらいいんだけど……」
おそらく魔法少女ルージュは、一早く城の人間の異変に気づいていた……と誠は考えていた。
「冒険者……」
冒険者というワードに、男子は少しだけワクワクしている。
しかし、女子の中でも一番まともだった若菜は不安を露にした。
「健吾くん以外は戦えるような職業じゃないんだよ? そんなの上手くいくわけないよ……」
この世界は魔物の脅威に晒されている。
ここまで来れたのは運が良かっただけ。
そう考えるのはとても自然なことだ。
「そうかな? おそらくだけど、この中で一番冒険者に向いているのは若菜さんだと思うよ」
そう言って、誠は不敵な笑みを浮かべていた……。




