第18話 嗅いでも良いじゃない
「フィリップくんは、コーヒー農園で健気に働く少年だよ」
「お、フィリップ君は少年労働者かぁ……なんだか“もの悲しい”話の様だな」
「実は今年で三十七歳になるんだよ」
「もうそれ、少年じゃなくて青年じゃん。って言うか、中年真っ盛りじゃん」
「そうだよ。妻と子供がいて、子供は来年には中学受験を控えてるんだ。しかも、今年の夏休みは家族全員でフロリダへ旅行に行ったんだよ」
「私が最初に感じてた“もの悲しさ”は完全に吹き飛んだな。紬にしては珍しく、フィリップ君を主人公としたフェアトレードコーヒーの話か何かだと思ってたんだけど。フィリップくんったら、めちゃめちゃ成功してる金持ちって訳だ」
「そうだよ。フィリップくんの自宅は7LDKでバスルームが二つ、庭には大きなプールまであるんだよ。そんなセレブのフィリップ君にすら謝らなきゃいけないぐらいに衝撃的だったって話だよ」
「まぁな。もう、フィリップ君のキャラがあまりにも濃すぎて、何の話だったのかさっぱり思い出せないけど、まぁ良いっか」
「そんな事よりさぁ、汗、全然止まらないんだよねぇ。なんだかいま飲んだ分、全部汗になってる気がするぅ」
「あはは。確かにそうだな。飲んだ水が細胞に吸収されるには十分から二十分ほど掛かると言われてはいるが……少量なりとも順次吸収されて行くわけだからな。あながち紬のその感覚も間違いでは無いだろう」
「って事はさぁ、いま私の体からはコーヒー牛乳が汗となって湧き出してるって事だよね」
「まぁな」
――すん、すん。
「むむっ。やっぱり自分で嗅いでもわかんないなぁ……ねぇちーちゃん。ちょっと私のにおい、嗅いでみて」
「え? ……いっ、いいのか?」
「うん、良いよぉ。ちゃんとコーヒー牛乳の匂いがしたら教えてねぇ」
「あっ、あぁ……わかった」
――すん。
――すん、すん。
「ねぇ、ちーちゃん。どう?」
「うっ、うぅぅむ。よっ、良い香り……だな」
「いやいや、そういうのいらなくて、コーヒー牛乳の匂いがするかどうかを聞いてるのっ! もぉ、それじゃ、私がちーちゃんのにおいを嗅いでみるからね!」
「え!? いや、それは……ちょっと」
「えぇ。大丈夫だって、ちーちゃんが飲んだのスポドリでしょ? 別に変なにおいじゃないじゃん」
「いやぁ……でもぉ……」
「なぁに言ってるのっ! ほらほら、首のところ出してっ! ほらぁ、早くっ!」
「えぇぇっ! ほっ、本当に……するの?」
「するよ」
「こっ、ここで?」
「ここで」
「……はい」
――すん、すん。
「どっ……どうだ?」
「うぅぅん、全然においしないねぇ。って言うか、ボディーソープのにおいがする」
「まっ……まぁ、そうなるだろうなぁ……」
――すん、すん、すん。
「……」
――すん、すん。
「……」
――すん、すん、すん。
「いっ、いつまで嗅いでるつもりだ? もっ、もう良いんじゃないか?」
――すん、すん……ペロッ!
「あぁん! ……ってコラッ! ななな、何をするんだっ! なななっ、なめっ、なめっ、舐めたなっ! ききき、汚いだろっ!」
「あっ、ゴメン。……つい」
「ばっ、ばかものっ! 人には舐めて欲しい時と、欲しくない時があるんだからなっ!」
「ちょっとナニ言ってるか分かんないけど、ホントごめんね」
「だっ、ダメだ、駄目だっ! かっ! 帰るっ!」
あらぁ。
ちーちゃん怒って帰っちゃった。




