9 玩具と憎悪
「んっ…。 ママ?」
怖い声が聞こえてきた。
怖すぎて動けなかった。
聞いたことのない叫び声。
静かになったけど大丈夫かな?
カーテンが風で揺れる。
虫の声が聞こえるくらい静かだ。
ガンッゴンッドンッ
ズルズル…
下で耳慣れない物音にまた驚く。
怖くて、そっとドアを開ける。
「??」
隣の部屋へ行く澪。
「ママ? パパ?」
誰もいない。
怖い。
「どこ?」
階段をゆっくり降り始める。
ぬるっ
足に何かついた。
気持ち悪い。
滑る!?
手摺に掴まっていたので体制を立て直す。
ほっ
暗いな。
ぬるぬるしてるの何だろう?
リビングまで続いている。
黒い線を追ってみよう。
キィ
「ママ? パパ?」
リビングに人影が見える。
誰?
声が返ってこないな。
「おじいちゃん? おばあちゃん?」
近づきながら尋ねる。
月明かりの逆光がなくなり、誰でも無い事に気付く。
「お兄ちゃん?!」
お隣の高校生のお兄ちゃんだ。
丸くて黒い物を大事そうに抱え見ていた。
「澪ちゃん」
黒い物がそこら中に散らばっている。
何かこの部屋、臭い。
「!? …っ何を持っているの?」
「君のお父さんとお母さんだよ」
「!?」
うっとりと眺めていたものを回転させてくる!?
紛れもない。
パパの顔。
ママの顔。
ヒドイ!!
酷すぎる!!
涙が止めどなく溢れる。
その異様な光景を受け付けられなかった。
周囲の黒い物が血だと気付く。
「っう…ぅおぇ…っ」
床に嘔吐する。
夏の生ぬるさと生臭い血の匂いで更に異様な匂いがしてくる。
「かはっ…ごほっ」
「ああ! いいね! とっても可愛いよ。 澪ちゃん」
気が付くと吐いている姿を下から見つめられていた。
怖い!!
澪が後ずさる。
「澪ちゃん。 幸運をありがとう!」
そういって、お兄ちゃんが頬に触れてくる。
その手を払いのける。
涙を流しながら睨む。
「こんなのっ!」
「こんなの幸運なんかじゃない!! そんな事も分からないの!?」
カクンッ
ひょいっ
ダンッ
軽々と持ち上げられ、一瞬でお兄ちゃんが覆いかぶさっていた。
両手を頭の上に押さえつけられる。
「幸運だよ」
耳元で囁いてくる。
鼻いっぱいに息を吸い込まれる。
上から、微笑みながら楽しそうに見つめられる。
「夕方お話していなかったら、今こうして君に触れていなかった」
頬を優しく撫で回される。
「今夜でお別れだなんて知らなかったんだから」
その言葉に涙が止めどなく溢れ出る。
頬ずりされ、匂いも嗅がれる。
「いいね! とっても気持ちいい! どう壊して欲しい?」
「嫌!?」
足をバタつかせ精一杯の抵抗をする。
「離して! 気持ち悪いっ!!」
お兄ちゃんが身震いしながら、息を大きく吐き出す。
「ああ! いいね! もっと叫んでよ!」
「邪魔する者は、もういないよ」
確かにそうだわ。
山を徒歩で下って早くて30分。
誰にも声は届かない。
「ゆっくり、ゆっくり、楽しもう!」
そう言って、左手の小指を触ってくる。
「!?」
何をしようとし始めたのか小指の曲げ方で気付いた。
ボキッ
「やぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ああ!! 最高だよ! 澪ちゃん」
「…っ…ふっ…っひ…ぅぅぅ…」
「はぁぁぁ! もっと鳴いてよ」
悔しい!
何も出来ない!!
「そうだ! 左手ゆっくり全部折っていこう!」
「…っ冗談じゃないわ!!」
「終わったら、かくれんぼしようか?」
「嫌よっ!!」
「…いいね! 否定してくれる。 ああ! ゾクゾクするよ」
痛い!
「…っふ…ぅうぅっ…」
もう…。
誰もいない…。
ママも…。
パパも…。
おじいちゃんも…。
おばあちゃんも…。
誰もいない。
皆いつも、優しく抱きしめてくれた。
いっぱい。
いっぱい。
ぎゅうって、してくれたの。
寝る前は…。
生まれてきてくれて、ありがとう。
そう声を掛けてくれていたの。
もう…。
誰にも言って貰えない。
パパ。
ママ。
会いたい。
会いたいよ。
「…殺して」
もう、何もしたくない。
生きていたくもない。
「何それ…。 つまんない」
お兄ちゃんが私から離れていく。
「君のパパもママも最後まで必死だったから楽しかったのに…」
無反応の澪を蹴る。
「ごほっ…」
小さい体は、一蹴りで簡単に転がっていく。
それでも痛みで顔を歪める事も泣き叫ぶこともしなくなった。
右手の小指に鋭く冷たい感触がする。
ダンッ
刃物で切断された。
「……っ!!!!!」
歯を食いしばり耐え抜く!!
こいつを喜ばせたくなんかない!
鳥肌が立つ。
気持ち悪い。
もう、絶対に泣かない!
「あーあ。 ちょっと萎えちゃった」
ビーッビリビリ
ビーッビリビリ
遠くで音がする。
「先にかくれんぼにしよう! 気が向いたら適当に探しに行くからさ」
「……」
「もう! 隠れないと殺してやらないよ」
そう言って、澪の右手を踏みつける。
「……っ!!」
負傷した指の痛みに耐え抜き顔を歪める澪。
「ああ。 可愛い。 可愛いよ! 澪ちゃん」
その言葉に目を見開く。
ゆっくり立ち上がる。
「澪ちゃんの次は、澪ちゃんの大事な物を壊しに行こうかな」
「?」
そんなもの。
もうどこにもない。
お前が全部奪ったのに!!
「理沙ちゃん」
「!?」
「お部屋のメッセージ見たよ」
お前は…。
お前だけは!!
絶対に許せない!!!
「しっかり、ちゃんと長く逃げないと理沙ちゃんの番になっちゃうよ」
澪が無言で睨む。
その視線に微笑みを浮かべる。
「さぁ! もっと僕を興奮させてくれ」




