第十七話
それから、何回か互いの家を行き来し、変化もなく日々は過ぎていった。師走も半ばに差し掛かり、本格的に互いに忙しくなり、気付けば連絡さえとっていない状態が続いた。
そんな中、葵は辛うじてベンツの中で今年初めての雪を見ていた。
冬が最も世界を美しく見せる季節だと葵は思う。雪が降っても尚のこと、底冷えする空気に晒された人も建物や木々も身震いを起こすほどに美しく見えることがある。
車を宥めすかして走らせ、流れる景色を見ながら、絶望にも似た思いに切なさを覚える。
おそらく、季節のせいだろう。この季節は余りにも美しすぎるから。葵はその思いを振り切るように、信号待ちの間にマルボロに火を点け、窓を開けた。
走る車から吐き出した煙と息は、白く揺らめいて窓の外に漂っていたかと思うと、一瞬で掻き消える。エアコンがいかれているものだから大して外と気温は変わらないが、やはり風が吹き込んでくると首を竦ませてしまう。
助手席にはアルのマフラーがあった。
この前会った時に貸してくれたものだ。
モスグリーンの落ち着いたチェック柄。『薄着で、見てるこっちが寒い。ほら、これ巻いとけ』それを手に取り、首に巻いた。その瞬間にアルの匂いがした。なんの香りかと言うことはどうしてもできないのだが。とにかくアルの匂いだった。
それに胸が震えた。『葵の方が似合うとるよ』あの時、憮然とした表情を戯れに浮かべてからアルは笑った。
だが、そんなことはない。やはりこのマフラーはアルに良く似合ってる。
そして、もう直ぐ大学が見え初めてくるという時。混み始めた道路をノロノロと停車させながら進めていると、反対車線の歩道にアルの姿を見つけた。
随分、久しぶりの気がした。コンビニの袋を下げ、いつも通りの猫背で脚早に歩いている。声をかけようとしたが、ここからでは遠すぎた。葵は諦めて窓に肘を置き、頬杖を突く。と、アルが脚を止め、葵の方向へ視線を向ける。
だが、見つけた訳ではないらしい。キョロキョロと頭を動かし、額を人差し指で掻く。
そして、最後に、空を仰ぎ見た。天井から何かに引っ張られるように首を伸ばしたアルは、寒さや痛みや苦しさに耐え忍ぶような表情。葵は一瞬アルが泣いているのではないかと思う。
それは少なくとも葵の前では一度だって見せたことのない顔だった。葵の記憶の中のアルは大抵笑顔だ。始終笑っている訳ではないのに、どうしてなのだろう。
そうして、今。行き交う人ごみの中にひとり佇むアルは奇妙だった。
だが、葵はそれを美しいと感じる。
こんなことを思うのは。何もかもが綺麗すぎるこの季節のせいだろうか?冬はあらゆるものが死に向かっているような、その刹那さが美しい。その美しさと儚さに葵は絶望し続け。決して留まらないものに切なさを覚える。
目を捉えて離さず、求めずにはいられない。
―――今の今まで考えたこともなかった。
葵に変わらない笑顔を向けてきたアル。
真っ直ぐな好意を告げられた後も変わらずにい続けてくれたアル。
何故、アルだけは変わらないと思えたのか。
何故、そんなことを思い込んでいたのか。
互いに変わってきたし、これからも変わっていくだろう。アルが結婚したら今のようにはいかなくなるだろう。そうすれば会う機会は減って、いつの間にか会わないことが日常になることもあるだろう。
そうして、気付く。それは余りにも一瞬のことで、思わず目を伏せた。呼吸を忘れて、それなのに、マフラーに口を埋めていた。やはり季節のせいかもしれない。
アルは美しかった。
何故、今まで気付かなかったのだろう。
何故、今更なのだろう。
葵は、アルが―――愛しかった。
黄金週間前には終われると思います。
長々と続いてますが最後まで読んで頂ければ嬉しいです。




