第十六話
アトリエの中、アルはひとり蹲っていた。
予期していなかった展開に頭が追いつかない。
でも、葵の言葉を嬉しいと思った気持ちは本当のことで。声を上げて泣いてしまいたくなるほど、嬉しかった。兄さんの変わりではなく、絵を描く自分ではなく。女としてのアルを葵は考えてくれた。それだけで充分だった。
容姿も知性も申し分のない、その癖女嫌いのあの男が、女の自分の告白と向き合ってくれた。その事実がなにより嬉しかった。望まれない恋をした。何より、望まない恋だ。
それでも、葵を好きになったことに後悔はない。ひたすらに素敵だと思う。低めの声が好き、不躾な眼差しが好き、顎のラインが好き。不器用な優しさが好き。
だからこそ、とアルは思う。とにかく、好きだと思って、告げた。この想いに終止符を打つために。友人というポジションでいるために、と。
随分、身勝手な話だ。告白した癖に、振って欲しいだなんて。
それでも、友人でありたい。愛なんて希薄なものより。
案外優しい眼差しが好き、力の抜けたような立ち姿が好き、すっきりとした背中が好き、アルと呼ぶ声が好き、伏せられた目蓋が好き、煙草を吸う仕草が好き。好き。とにかく、好き。葵が好き。だから知って欲しかった。自分のことを。
でもそれ以上に葵のことが知りたかった。それは叶えられないだろうけれど。
それでも、葵が、好き。だから、嫌いにならないで。
そう思って、アルは暗がりの中、膝を抱えた。
好きでいさせて。愛されなくても構わないから。行き場もなく、存在の意味も意義もない愛情。可哀想に、こんな心の中でなどに生まれてきてしまったばっかりに。けれど、大丈夫。すべてに絵という二次元の世界を与えてあげるから。
ドアから微かに見えるリビングの光が滲む。
友人でいたい。それだけのことが、なぜこんなにも難しいのだろう。




