第十話 認められた日
模擬戦が終わった日の夕方、学園食堂はいつも以上に賑わっていた。あちこちの席から聞こえてくるのは、今日行われた模擬戦の話題ばかりだった。
「見たか?」
「最後のやつ、凄かったよな」
「Uクラスが勝つとは思わなかった」
そんな声を聞きながら、ルーク達は夕食を取っていた。
「お腹空いた」
カレンが大盛りの定食を前に呟くと、シエルも迷いなく頷いた。
「同意」
フィアは思わず苦笑する。
「さっきまで模擬戦だったんですよ?」
「「だから」」
即答だった。
ルークもつられて笑った。模擬戦の熱気はまだ食堂のあちこちに残っていたが、ルーク達の席には、いつもの空気が少しずつ戻り始めていた。
その時、カレンが顔を上げる。
「ん?」
食堂の入口に、Sクラスの四人が立っていた。
レイド、アルク、ベイル、セレス。
周囲の生徒達も気付いたらしく、自然と視線が集まっていく。だが食堂は混雑していて、空席はほとんど残っていなかった。
ベイルは周囲を見回した後、小さく息を吐き、ルーク達の席へ歩いてくる。
「……相席でもいいか?」
ルークはカレン、シエル、フィアの顔を見る。誰も嫌そうな顔はしていなかった。
「もちろん」
ベイルは頷く。
「助かる」
Sクラスの四人が席へ着くと、ほんの一瞬、気まずい空気が流れた。つい数時間前まで戦っていた相手だ。何を話せばいいのか、すぐには分からない。
その沈黙を破ったのは、ベイルだった。
「改めてになるけど」
ベイルは真っ直ぐにルーク達を見る。
「強かったな。負けたよ」
言い訳も、誤魔化しもない。正式な敗北認定だった。
カレンの口元が、少しだけ上がる。ルークは苦笑しながら答えた。
「ありがとう」
ベイルも笑う。
「礼を言われることじゃない」
そのやり取りで、空気が少しだけ和らいだ。
アルクが肩を竦める。
「いや、ほんと負けたな」
「それな」
レイドも頷き、セレスも静かに口を開いた。
「完敗でした」
模擬戦の緊張感は、もうそこにはなかった。あるのは、互いを認めた者同士の空気だった。
◇
アルクが椅子へ深くもたれ掛かる。
「いやー、改めて考えても負けたな」
レイドも頷いた。
「あれは反則だろ」
「どれ?」
カレンが聞き返すと、レイドは即答する。
「俺を吹き飛ばしたやつだよ。あそこで突っ込んでくるか、普通?」
カレンはきょとんとした顔になる。
「好機だったし」
「好機だったし、じゃねぇよ」
レイドは呆れたように笑った。
「岩柱飛んでたぞ」
「ルークがいたから」
即答だった。レイドは一瞬黙り、それから吹き出す。
「なるほどな。そりゃ強ぇわ」
今度はセレスが口を開いた。視線はシエルへ向いている。
「あなたもです。正直、途中から何も通りませんでした」
シエルは首を傾げる。
「見えてた」
「見えていましたね」
セレスは苦笑した。
今思い出しても、嫌な感覚だった。氷弾、氷槍、氷壁。何をしても、シエルに先回りされた。
続いて、ベイルがフィアを見る。
「正直、一番驚いたのはフィアだ」
フィアが目を瞬く。
「私ですか?」
「ああ。試合の前半は、俺達の連携パターンが機能していた。だが途中から変わった。土壁の後も、地面隆起の後も、地割れの後も、全部先回りされ始めた」
フィアは黙って聞いている。
「それだけじゃない。戦場に流していた風を、ずっと維持していただろう」
「……はい」
「戦場を見て、情報を選んで、仲間に伝えていた。違うか?」
「どうして、そこまで……」
「動きが変わったからだ。お前が風を動かした直後、カレン達の判断が明らかに速くなった」
フィアは少しだけ驚いた顔をした後、小さく笑った。
(敵として、ちゃんと見てくれていたんだ)
「……違いません」
「なら、やはり一番厄介だったのはお前だ。司令塔として、かなり嫌だった」
ベイルが苦笑すると、フィアは少しだけ嬉しそうに笑った。
そして、ベイルの視線がルークへ向く。
「ただ、一番分からないのはお前なんだが」
ルークが首を傾げた。
「俺?」
「ああ。障壁も凄かったし、剣も厄介だった」
アルクが即座に割り込む。
「あれな。剣まで弾むとか聞いてない」
ルークは苦笑する。だが、ベイルは首を横に振った。
「違う。それじゃない」
食堂の空気が、少しだけ変わる。
「俺達はずっと見ていた。シエルの術式も、カレンの技も、どちらも明らかに変わった」
セレスも小さく頷く。
「術式が安定したように見えました。出力だけでは説明できません」
アルクも腕を組んだ。
「カレンもそうだ。途中から無茶苦茶やり始めた。強化魔法でも掛けてたのか?」
レイドが頷く。
「それだ。なんかずっとそんな感じだった」
ベイルはルークを見る。
「だが、あれは本人達だけで起きた変化には見えなかった。お前が動いた後だったからな」
そして、最後にレイドが言った。
「なんかやってただろ?」
四人の視線が、ルークへ集まった。
◇
ルークは言葉に詰まった。
説明するべきだろうか。別に隠したいわけではないが、何と説明すればいいのか分からなかった。
共鳴。
自分達はそう呼んでいる。
術式へ干渉して、足りない部分を補ったり、乱れを整えたりすることで、魔法の成立を助ける。だが、何故できるのか。どうして成立するのか。ルーク自身も分かっていない。
しばらく考えた後、結局一番正直な答えを選んだ。
「俺もよく分かってない」
沈黙。
レイドが固まり、アルクも固まり、ベイルも固まる。セレスだけが、小さく首を傾げた。
「分かっていないのですか?」
ルークは頷く。
「感覚的にやってる部分が大きい。ただ、俺達は共鳴って呼んでる」
「共鳴?」
「俺の無属性魔力で、みんなの術式に干渉してるんだ。足りない部分を補ったり、乱れを整えたりして、魔法を成立しやすくする。たぶん、そういうものだと思う」
ベイルの表情が変わった。
「……やはり、外から見えていた変化はそれか」
納得したように、ベイルが呟く。
「術式干渉なら、理屈は分かる。だが普通は妨害に使う技術だろう」
セレスも小さく頷いた。
「シエルさんの術式が安定した理由も、それなら説明できます。ただ、術式干渉を補助として使う発想は普通ではありません」
レイドが思わず突っ込む。
「いや、それで済ませるなよ。普通はできねぇだろ」
ルークは苦笑した。
「だから、俺もよく分かってないんだって」
共鳴の話題が一段落すると、食堂の空気は少しだけ軽くなった。
レイドはカレンを見る。
「そういや、あの技。最後のじゃない方。緋槍突だっけ?」
カレンが頷く。
「あれね」
「どうやってんだ?」
そこから自然と、模擬戦の話になった。
レイドとカレンは、威力や距離、踏み込みについて互いの感想を交わしながら技の話を始める。一方で、セレスはシエルへ視線を向けた。
「術式構築について、聞きたいことがあります」
「ん」
シエルも興味があるらしい。氷属性同士、話題は尽きない。
さらに、ベイルとフィアも話していた。
「風属性であそこまで戦場を見るのか」
「ベイルさんの方が凄いです」
「いや、あれは慣れだ」
司令塔同士、自然と話が弾んでいる。
そして、ルークだけが少しだけ取り残されていた。
「……」
周囲を見る。カレン達はそれぞれ、同じ属性や役割の相手と盛り上がっている。自分だけ、うまく混ざれる話題がない。
その時、隣から声がした。
「羨ましいな」
アルクだった。
ルークは首を傾げる。
「何が?」
アルクは一瞬黙った後、ゆっくりと向こう側を見る。カレン、シエル、フィア。三人の姿を見てから、ルークへ視線を戻した。
「それ、本気で言ってる?」
「?」
意味が分からない。
アルクは呆れたように笑った。
「お前さ、気付いてないのか?」
「何に?」
アルクはさらに呆れた顔になり、小声で言う。
「女子三人だぞ」
ルークが固まる。
アルクは続けた。
「しかも全員美人」
「いや……」
ルークは言葉に詰まった。
そんなことを考えたこともなかった。カレン、シエル、フィアは、仲間で、クラスメイトで、パーティーメンバー。それ以上でも、それ以下でもない。
少なくとも、今までは。
アルクはそんなルークを見て、諦めたように笑った。
「いや、なんでもない」
「?」
「気にするな」
◇
夕暮れの学園都市は、模擬戦を終えた後の熱が少しずつ引いていくように静かだった。
ルーク達は、四人並んで寮へ向かっていた。いつもの帰り道を歩きながら、カレンは今日の模擬戦を振り返る。
「次は絶対もっと速くなる」
「まだ速くするのかよ」
「当然でしょ」
シエルも頷く。
「私も改良する」
「何を?」
「全部」
「怖いな」
ルークは苦笑した。フィアも楽しそうに笑っている。
会話はいつも通りだった。だが、ルークだけは少し違っていた。
食堂でのアルクの言葉が、頭に残っている。
『女子三人だぞ』
今更だ。本当に今更だった。
そんなことは知っている。知っているはずなのに、ふと視線が向いてしまう。
先頭を歩くカレンは、模擬戦ではレイドへ突っ込んだ。迷いなく、躊躇なく、誰よりも前へ出たその少女が、今は楽しそうに笑っている。
少し後ろにはシエルがいる。戦場を氷で支配し、高難度術式を平然と使いこなしていた少女は、今も真剣な顔で次の改良案を考えている。
そして、フィア。
最後まで戦場を見続けた司令塔であり、誰よりも冷静だったはずの少女は、今は柔らかく笑っている。
ルークは思った。
確かに、三人とも仲間だ。それは間違いない。
けれど、女の子でもある。
今さらそんな当たり前のことを意識してしまった。
その瞬間、フィアが振り返った。
「どうしました?」
「っ」
思わず視線を逸らす。
「いや、なんでもない」
反応が早すぎた。
三人が揃って首を傾げる。
「変ね」
カレン。
「変」
シエル。
「変ですね」
フィア。
三方向からの追撃だった。
「なんでだよ!」
三人が吹き出し、その笑い声が夕暮れへ溶けていく。
少し離れた場所で、ミレイアはその様子を見ていた。
四人の背中。並んで歩く姿。自然に笑い合う空気。
模擬戦の前にはなかったものだった。
ミレイアは小さく笑う。
最初は、ただ集められただけの四人だった。けれど今は違う。
「ちゃんとパーティーになったじゃない」
夕焼けの空の下、賑やかな笑い声を響かせながら、四人の背中は並んでいた。
今日、Uクラスは初めて、戦える一つのパーティーとして認められた。
連載開始前に構成していた区切りまで、ついに到達しました!
ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございます!
この先の展開についても大まかな構想はできていますが、より良い形でお届けするために、しっかり構成を固めながら執筆を進めていきたいと考えています。
そのため、今後は更新ペースを少し落とさせていただきます。
来週からは、ひとまず毎週「月曜日・木曜日」の更新を予定しています!
引き続き『U-Class』をよろしくお願いいたします!




