第九話 完成した連携
Sクラスのシンボル前広場。
崩れた石畳の上で、Uクラスの四人は再び集結していた。対するSクラスは、ベイルとセレスがシンボル前に残り、防衛態勢を取っている。
フィアが維持していた《翠銀風域》の術式から、灰銀色の魔力が少しずつ薄れていく。翠銀色を帯びていた風は、やがて本来の翠風色へ戻った。
《風読》として、術式はまだ生きている。精度は落ちるが、戦場全体の動きを拾うには十分だった。
遠方で、レイドとアルクの魔力反応が動き始める。
「レイドだ!」
「戻って来るぞ!」
観客席がざわついた。
四人はもう、互いの声が届く距離にいる。
「時間がありません」
フィアは地声で告げた。
「レイドさんとアルクさんが戻ります。今が最後のチャンスです」
全員が理解する。長期戦はできない。ここで決めるしかなかった。
「来る前に終わらせる」
カレンが槍を担ぐと、ルークは苦笑した。
「簡単に言うなよ」
「できるんでしょ?」
「……やるしかないな」
最後の作戦確認に、シエルも静かに頷く。ベイルは大盾を握り直した。
「セレス」
「はい」
「来るぞ」
風が吹き抜け、フィアの声が響く。
「行きます」
その言葉と共に、最終決戦が始まった。
◇
ルークは二人の背後へ回り、魔力剣を解除した。灰銀色の刃がほどけて消え、短剣を腰へ戻したルークは、両手を空けたままカレンとシエルの術式へ手をかざす。
直後、灰銀色の魔力回路が二手に分かれた。一方は銀氷色に輝くシエルの術式へ、もう一方は緋銀色に燃えるカレンの術式へ流れ込む。
観客席が騒然となった。
「またあれだ!」
「今度は二人同時だぞ!?」
二人分の術式への干渉。シエルへの出力補填と、カレンへの制御補助。その両方を同時に支える負荷がルークを襲ったが、それでもルークは魔力を離さない。
「術式構築完了」
シエルが告げる。
カレンは槍を握り直した。
「十分よ」
シエルの前に、無数の術式が展開される。空中、地面、そしてシンボル前広場一帯へ、銀氷色の魔力が広がった。
「――凍て」
静かな声が落ちた次の瞬間、氷柱、氷壁、氷槍が一斉に生まれ、戦場を覆った。
氷柱が地面から突き上がり、氷槍が進路を塞ぐ。氷壁は視界を遮り、広場そのものを迷路のように変えていく。
「まだ来るのかよ!」
レイドが紫電色の雷を纏い、氷を砕いて飛び越える。だが、着地点へ新たな氷柱が突き上がった。
「面倒だなぁ!」
アルクも風で加速するが、進路には氷壁があり、回り込めば氷槍が待っている。前へ出るたびに道が閉ざされ、速度が上がらない。
一方、ベイルの前にも氷槍が降り注いでいた。ベイルは岩壁で迎撃し、セレスも氷弾で撃ち落とす。
全員の足が止まった。
ほんの数秒。
その数秒を、シエルが支配する。
その間、カレンだけは動かなかった。槍へ深紅炎を圧縮し、さらに圧縮する。本来なら暴走する出力を、灰銀色の魔力が術式ごと支えていた。
「ほんと便利ね」
「そっち側はな」
ルークが苦笑する。
その時、ベイルの視線がカレンへ向いた。本命はシエルではない。あの槍だ。
「セレス」
「はい」
二人は即座に理解した。狙いはシンボルであり、切り札はカレン。ならば、やるべきことは一つだった。
防衛。
ベイルは大盾を握り直し、セレスも魔力を高める。二人は攻撃を捨て、シンボルを守るため、最大防御の準備へ入った。
フィアは《風読》で戦況を確認する。ベイルは防衛準備。セレスも同じ。レイドは足止めできており、アルクもまだ抜けてこない。
横槍は来ない。
勝機は、成立している。
フィアは迷わず声を上げた。
「今です」
◇
カレンが一歩前へ出る。
緋銀色の炎が槍へ収束し、熱量で空気が歪んだ。観客席も息を呑む。
そして、ベイルが動いた。岩鉄色の魔力が地面へ流れ込み、轟音と共に巨大な岩壁がシンボル前へ出現する。続いて、その後ろにセレスが巨大な氷壁を重ね、さらにベイル自身がシンボルの直前へ立って、大盾を正面へ構えた。
岩壁。氷壁。大盾。
三重防御。
Sクラス最後の防衛線だった。
「ここは通さん」
静かな声が響き、観客席が静まり返る。
「無理だろ……」
誰かが呟く。
だが、フィアだけは違った。《風読》が答えを告げている。予測通り、勝機はまだ残っている。
「カレンさん」
フィアは声を張った。さっきまでの《翠銀風域》に乗せた声ではない。今度は、カレン一人へ向けた声だった。
「お願いします!」
カレンは口元を吊り上げる。
(任されたなら、応えるだけよ)
「任せなさい」
◇
カレンが踏み込んだ。
同時に、ルークも最後の術式を構築する。カレンの背後で、地面から灰銀色の障壁が突き立ち、残る魔力を絞り込んで弾性を付与した。
「行け!」
轟音と共に、弾性障壁が解放された。
反発による加速を受け、緋銀色の炎を纏うカレンが射出される。
「速っ――!!」
観客席が悲鳴を上げた。
「《緋銀槍突》ッ!!」
緋銀色の炎が一直線に走り、岩壁へ到達する。そのまま貫通し、粉砕した。
続いて氷壁へ激突し、蒼い破片を舞わせながら突き破る。
最後に、ベイルが大盾を構えた。
「来い!」
轟音が響き、大盾が軋んだ。一歩、二歩、三歩と押される。それでも止まらない。
ベイルは理解した。これはカレン一人の力ではない。フィアの指揮、シエルの制圧、ルークの支援。その全員の力が乗った一撃だ。
大盾に亀裂が走る。
そして、砕けた。
カレンが防衛線を突破し、一直線にシンボルへ迫る。
「終わりよ!」
緋銀色の炎が炸裂した。
轟音、爆炎、衝撃波。
そして、Sクラスのシンボルが粉砕される。
一瞬の静寂。
やがて、歓声が爆発した。
「勝者――Uクラス!」
闘技場が揺れた。
拍手も歓声も熱狂も、その全てが四人へ向けられていた。
◇
ルークはその場へ腰を下ろした。限界だった。
ベイルが歩み寄り、フィアを見て、シエルを見て、ルークを見る。最後にカレンを見て、少し笑った。
「良いパーティーだな」
一瞬、誰も言葉を返せなかった。
それは勝利宣言よりも重い言葉だった。
「……当然でしょ」
カレンが視線を逸らす。
フィアは笑い、シエルは頷いた。ベイルも笑う。
「負けたよ」
「次は負けねぇからな!」
レイドが叫ぶ。
「今度は最初から全力で行く」
「それは怖いな」
ルークが苦笑すると、アルクも肩を竦めた。
「僕も認めるよ」
最初の侮りはもうない。同じ実力者へ向ける視線だけがあった。
◇
観客席上段。
レオルドは黙って試合を見下ろしていた。
隣のミレイアが笑う。
「どうだった?」
しばらく沈黙が落ちる。やがて、レオルドは大きく息を吐いた。
「……実に気に入らん」
ミレイアが吹き出す。
だが、レオルドは続けた。
「勝ったのはあいつらだ」
それは、敗北を認める声だった。
さらに上段では、黒い外套の男が静かにルークを見つめている。男が見ていたのは、勝敗ではない。
灰銀色の魔力が、他者の術式へ入り込む瞬間。術式への干渉。男はそこだけを見ていた。
「……興味深い」
小さく呟き、男は立ち去った。
誰にも気付かれないまま。
◇
その頃、ルークはそんなことなど知らなかった。
「飯行くか」
「行く」
即答したのはカレンだった。
「同じ」
シエルも続く。
さっきまでの歓声が嘘みたいに、いつもの空気だった。フィアは思わず笑う。
「まだその元気あるんですか……」
「腹減った」
「減った」
ルークも笑った。
四人で歩き出す。
模擬戦は終わった。
そして今日、Uクラスは初めて、この学園にパーティーとして認められた。
パーティー戦闘構成めちゃくちゃ難しかったです…




