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第八話 勝機


『勝機があります』


 《翠銀風域》を通して届くフィアの声には、迷いがなかった。


 ルークは即座に問い返す。


『どこだ? 通れるのか?』


 フィアは戦場から目を離さない。翠銀色の風が戦場を流れ、勝つための道筋を浮かび上がらせていた。


『一本だけあります。通れます』


 そして、続ける。


『突破できるのはカレンさんだけです』


 カレンが笑った。


「なら行くだけでしょ」


 槍を握る手に迷いはない。


『私が通します。みなさんは信じてください』


『見えてるんだな?』


 ルークの確認に、フィアは迷わず答えた。


『はい』


 その一言で十分だった。


 ルークは短剣を構え、カレンは槍を握り直し、シエルは静かに前を見据える。


 フィアには勝機が見えている。なら、ルーク達はそこへ辿り着けばいい。



 カレンが飛び出した。


 向かう先はただ一つ。Sクラスのシンボル。


 観客席がざわつく。


「あいつ!」


「まさか!」


「シンボル狙いだ!」


 緋紅色の炎が石畳を蹴る。速い。だが、気付かれないはずがなかった。


 ベイルの目が細くなる。狙いは理解した。シンボル。最短勝利条件。だからこそ、行かせるわけにはいかない。


「行かせるか」


 岩鉄色の魔力が揺れ、大盾を構えたままベイルがカレンを追う。


 同時に、フィアの声が風に乗って響いた。


『通します!』


 アルクもまた、戦場の変化に気付いていた。カレン、ベイル、シンボル。点と点が繋がる。


「なるほどな」


 口元が吊り上がる。


「そういう勝ち筋か」


 風が吹く。狙う先はカレン。突破役を潰せば終わると、アルクは判断した。


 だが、その前へ一人が割り込む。


 灰銀色の魔力剣を構えたルークだった。


 アルクが足を止める。


「そう来るか」


「行かせない」


 互いに構える。アルクが笑った。


「足止めする気か?」


「違う」


 ルークは一歩踏み出し、灰銀色の剣先をアルクへ向けた。


「俺も行く」


 一瞬、アルクの目が細くなる。


 理解する。足止めじゃない。こいつも突破する気だ。


 セレスの判断も早かった。蒼い瞳がカレンを捉え、防衛のために最優先目標を変える。白氷色の魔法陣が展開された。


 だが。


「駄目」


 静かな声に、セレスが視線を向ける。


 そこにはシエルがいた。銀色の髪が風に揺れ、蒼い瞳はまっすぐセレスを見ている。


「あなたは行かせない」


 蒼氷色の魔力が広がり、セレスも無言で魔力を練り上げる。


 戦場が分かれる。カレンとベイル。ルークとアルク。シエルとセレス。


 それぞれの思惑を乗せたまま、戦いはシンボルへ向かって動き始めた。



 カレンは瓦礫を飛び越え、崩れた屋台の横を抜ける。


『右です』


 迷わず曲がった。


(見えてるなら、任せる)


 直後、背後で轟音が響き、岩鉄色の岩壁が立ち上がる。


『前』


 緋紅色の炎が石畳を蹴る。


『左』


 レンガ壁の隙間を抜ける。


『そのままです』


 カレンは迷わない。フィアの声だけを追い、風に導かれるまま最短距離を駆け抜けた。



 セレスは白氷色の魔法陣を展開した。複数同時構築。狙いはカレン。


 氷弾が放たれる。


 だが、その直後、別方向から同じ氷弾が飛び、空中で激突して砕け散った。


 セレスの表情が動く。シエルだった。


 さらにセレスが氷槍を放つ。同時に、シエルも氷槍を放った。軌道を読んだ迎撃が寸分違わず重なり、轟音とともに空中で相殺される。


「……」


 セレスが目を細めた。


 もう一度、角度を変える。タイミングを変える。発射位置もずらす。


 だが、結果は同じだった。氷弾も、氷槍も、氷晶も、その全てが空中で迎撃される。


 観客席がどよめいた。


「まただ!」


「全部消された!」


「読まれてる!」


 シエルは静かに前を見ていた。術式が見える。構築が見える。魔力の流れが見える。だから発動前に分かる。どこへ、何が来るのか。


「そこ」


 次の氷槍も、空中で砕けた。


 セレスは理解した。このままでは届かない。援護射撃は通らない。なら、守るしかない。


 セレスはシンボル方向へ後退し、防衛位置へ移る。シエルも、放たれる氷を迎撃しながら追った。


「逃がさない」



 カレンは走る。


 距離は確実に縮まっている。Sクラスのシンボルへ。


 ベイルは歯を食いしばった。


 追いつけない。大盾を持ったままでは回り込めない。フィアの誘導が正確すぎる。このままなら、先にシンボルへ到達される。


「くっ……!」


 ベイルは一瞬だけ周囲を見た。


 遮蔽物が邪魔で追いつけない。普通に追っても間に合わない。大盾を持ったまま、障害物を避けて走っていては届かない。


 なら。


 越える。


 岩鉄色の魔力が地面へ流れ込み、観客席がざわつく。


「また土魔法か?」


「何する気だ?」


 ベイルは足を止め、自身の足元へ術式を展開した。


 次の瞬間、轟音とともに巨大な岩柱が突き上がった。


「なっ!?」


 観客席から驚きの声が上がる。ベイル自身を乗せたまま、岩柱が一気に上昇していく。


 高い。


 レンガ壁も、土嚢も、岩壁も。周囲の遮蔽物を全て越える高さへ。


 カレンが目を見開く。


「はぁ!? そんなのあり!?」


 それでも足は止めない。


 ベイルも構わなかった。視線の先にあるのはSクラスのシンボル。そこだけを見ていた。


 そして、岩柱がゆっくりと、だが確実にシンボル方向へ倒れ始める。


 観客席が騒然となった。


「岩柱を倒した!?」


「自分ごとかよ!」


「無茶苦茶だ!」


 轟音とともに、巨大な岩柱が前方へ倒れる。即席の橋。即席の最短距離。


 ベイルは大盾を構えたまま、一直線にシンボルへ向かって駆け出した。


『っ……!』


 一瞬、フィアが息を呑む。予想外だった。


 だが、風はまだ戦場を捉えている。


『問題ありません』


 すぐに声が響いた。


『まだ勝機は残っています』



 ルークは前を見る。その先にはアルク。アルクもまた笑っていた。


「安心したぜ」


 風が揺れる。


「俺も急いでるんだよ」


「俺もだ」


 互いの視線は同じ場所へ向いている。


 シンボル。辿り着きたい場所は同じだった。だから譲れない。


 アルクが踏み込む。風属性による加速で、一瞬のうちに間合いを潰した。


 短剣が閃き、ルークは魔力剣で受ける。金属音。さらに二撃、三撃と続く。


 速い。


 だが、受け続けるだけでは終わらない。


 ルークは踏み込んだ。


 アルクの目が細くなる。


「っ!」


 守りに入ると思った。だが違う。ルークもまた突破を狙っていた。


 魔力剣と短剣がぶつかり、押し合う。


 その瞬間、アルクの眉が動く。


「……?」


 感触がおかしい。押しているはずなのに、魔力剣が僅かに沈み、しなる。


 まるで。


 弾性。


 次の瞬間、反発した。


「っ!?」


 短剣が弾かれ、アルクの体勢が崩れる。ほんの僅か。だが、ルークには十分だった。


 踏み込む。


 ガルドとの訓練で何度も繰り返した、無駄のない斬撃。


 灰銀色の剣閃が走り、重い衝撃がアルクの結界を軋ませた。


「ちっ!」


 アルクは強引に後退する。結界維持。魔力制御。すぐには追撃に移れない。


 ルークも深追いしなかった。目的は倒すことじゃない。突破すること。


 進路が開く。


 ルークは駆けた。アルクの横を抜ける。


「その剣まで変形すんのかよ……!」


 背後で悔しそうな声が響く。だが、戦意は消えていない。


 まだ終わっていない。それでも、今は間に合わない。


 ルークは振り返らなかった。


 フィアも少し遅れて後を追う。風は途切れない。


『ルークさん! そのままです!』


 風が導く。


 前へ。シンボルへ。勝機へ向かって。


 視界の先に、巨大な岩柱が見える。ベイルが倒した即席の橋。その上を、大盾を構えたベイルが駆けている。


 ルークも速度を上げた。



 Sクラスのシンボル前広場。


 ベイルは先に到着していた。


 大盾を地面へ打ち付ける。


 轟音。


 岩鉄色の魔力が足元へ広がり、防衛態勢が整う。


 その隣へ、セレスも滑り込んだ。白氷色の魔力が展開され、迎撃準備に入る。


 二人の視線は前方へ向いていた。来る。必ず。その予感は正しかった。


 緋紅色の炎が広場へ飛び込む。カレンだった。


 槍を構えるカレンに向かい、ベイルが大盾を構える。


「ここから先は通さない」


 カレンは笑った。


「なら、ぶち抜くだけよ」



 少し遅れて、ルークとフィアも広場へ辿り着いた。


 ベイルが作った道を逆に利用したのだ。倒れた岩柱を渡り、最短で追いついた。


 フィアは周囲を確認する。風が広がる。


 ベイル。セレス。カレン。


 そして、後方から近付く魔力。


 紫電色。


 レイド。


 それに、アルク。


 まだ追ってきている。


『シエルさん』


『見えてる』


 返答はすぐだった。


 次の瞬間、シエルが広場へ姿を現した。銀色の髪が揺れ、蒼い瞳は冷静に戦場を見ている。


 視線の先にはシンボル。そして、近付いてくるレイドとアルク。全てを捉えていた。


 ルークは魔力剣を構え、カレンは槍を握り直す。シエルは静かに魔力を練り、フィアは風を広げる。


 ベイルが大盾を構え、セレスが魔法陣を展開した。


 戦場の空気が止まる。


 一瞬だけ。


 嵐の前の静寂。


 観客席も息を呑む。


「揃った……」


「最後か」


 フィアは前を見た。


 シンボル。ベイル。セレス。勝機。


 全てが繋がる。


 そして、風に乗ってフィアの声が届いた。


『揃いました』


 それだけで、全員が理解した。


 前へ出る者。


 支える者。


 抑える者。


 全てが、届く位置にある。


 ここが勝負だ。


 フィアは小さく息を吸った。


『ここからです』

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